村上春樹なる存在

とにもかくにも今週の仕事にケリをつけた。
まだまだ未熟ではあっても、今の私のベストを尽くしたといえる一週間だと思うし、
たとえ2日間だけであっても、とりあえず会社から解放されるってだけでかなり嬉しい。

自営業の父親を長年見ているので、
結局は責任が限定されている(少なくともわたし程度の)会社員って、ラクだと思う。

とはいえ、今日は、「雇われの身ゆえの危うさ」みたいなものも
社内で激しく発露されたので、かなり複雑な気持ちになったのだが。
これについては書きたいことが山とあるけど、自重しよう。


ところで、今週、仕事のほかに私を静かに熱狂させたのは、
村上春樹が「エルサレム賞」なる文学賞を受賞することに関する、
ネット上でのさまざまな人たちの反応だった。
目からウロコが落ちるような発見が多々あり、本当に勉強になったし、
刺激も受けたし、さまざまなことを考えさせられた。

村上春樹の著作、15冊以上は持ってるかな。
そのほとんどが、エッセイだ。

小説もいくつか読んだ。大学時代から20代前半にかけて。
読み始めると続きが気になり、速いスピードでどんどん読むのだが、何作か読んだあと、
「今の私には春樹の作品は合わないな。もうちょっと若い頃なら、
 逆に信奉するぐらい夢中になったかもしれないけど。」
と思って、それ以上、彼の小説に手を出すのをやめた。

彼の小説の主人公というのは
「個人的すぎるっていうか、独善的っていうか、自意識が強すぎるっていうか・・・。
 他者との自然なつながりを拒否し、社会を拒否し、生活感を拒否し、
 なのに妙に美味しいセックスに受動的にありついたりするのって・・・・。
 それに加えて、そのことに対しての劣等感や羞恥心がなく、むしろ傲慢な・・・。」
ていう印象があって、どうしても感情移入できないし、
それどころかそういうものを完璧なまでの世界観で書いていることに対して、
違和感・嫌悪感が拭えなかった。

甚だしく繊細で、比喩を多用し、
いかにも英文が透けて見えるような文体も、
それが途方もなく上手だからこそ、逆に、妙に鼻についた。

たくさんの春樹ファンの方々、
言うまでもないけど、これはあくまで個人的感想ですからお気を悪くしないでね。

10代後半から20代前半の私は、
「現実を受け入れて折り合いをつけ、ささやかでも、地に足つけて生活する。
 そういう自分を肯定する。」
ということに対して、けっこう必死だったのです。
超然とした態度の春樹作品の主人公というのは、その頃の私には対極だったのだ。

それで春樹の小説からは遠ざかったのだが、
しばらく経って、ふと、彼のエッセイを読んだら、これがすごく面白い。
たちまち、購入・購読を重ねた。

彼のエッセイ、とても抑制が効いてて、軽妙でユーモアがある。
英米文学、ジャズやクラシック、ロックに対する深い造詣とマニアックさ。
no run,no lifeみたいな年季の入った態度にも、すごく親近感を覚えた。
「辺境・近境」や「シドニー!」みたいなルポタージュにも、
その文章力、表現力に唸らされ、何度も再読したし、
「シドニー!」についてはブログに詳しく書いたこともある。


それで村上春樹という作家・文章家の優れた面はじゅうぶんに知っているつもりだったのだが、
今回のエルサレム賞受賞の件ですよ。

いやはや、すごい反響。
特に、良くも悪くも論客ぞろいの「はてなダイアリー」は
凄まじいといえるほどの様相を呈しています。
実に、良くも悪くも(?)はてな論壇のパワーを思い知ったよ。

それらのエントリについては最後尾にまとめてリンクしようと思いますので、
興味のある人はご覧ください。


エルサレム賞というのは、当然、「あの」イスラエルのエルサレムにて授与される文学賞です。

イスラエルの歴史については最低限の常識程度の知識しかない私。
今もまさに毎日のようにガザ地区についてニュースになっていますが、
この春樹関係のエントリを読んで、最近では初めて、主体的に情報を得ようという姿勢になった。

「イスラエルにおける戦争を支持・支援しているアメリカと同盟を結んでいるという時点で、
 日本人として消費・納税活動を行うこと自体、間接的に戦争の共犯者」
という意見は、極論だとしても妄言だと切って捨てることはできず、ガツンとやられました。
中東情勢に対して明らかに興味の薄かった自分の平和ボケ加減に衝撃。

そもそも、今回の春樹の受賞に対して、
「現在もパレスチナ人を虐殺し続けているイスラエルが与える賞を受けるとは何たることか。
 賞は辞退することも可能なのに。」
という意見がある。

このエルサレム賞に関しては、過去に受賞したスーザン・ソンダクという、
人権擁護運動も盛んに行う女流作家(この人のことすら、知らなかったよ)が、
エルサレム市長を始めとする面々が居並ぶ授賞式において、
イスラエル軍の武力行使を激しく非難し、弾劾するスピーチを行ったらしい。

その例を引いて、
「受賞スピーチにおいて、ソンダクのように、イスラエルの暴力性を批判する」
という手段でもって、有名作家としての責任(?)を果たすべき、だという意見もある。

春樹ファン(いわゆる「ハルキスト」)には、

「日本の読者もイスラエルの読者も、読者としては同じなのだから、
 どこの国の賞であっても差別区別するのは、いかがなものか。
 作家というのは、たとえば受賞スピーチという手段をもって
 政治的行動をとらないからと言って、非難すべきものではないし、
 春樹をそういう政治的道具として扱って欲しくない。
 そもそも、春樹の文学は、政治からはもっとも遠いニュアンスのもので、
 彼のような作家は、直接的な言動ではなく、これまでどおり、
 「作品」によってメッセージを発するべきで、それによって感想も語られるべき」

のような反論も見られる。
私としても、この意見は、同意するしないではなく、素直に読んだ。
春樹のファンが、このような意見を述べることは、ごく自然だと思えたし、
一般的な現代日本人の本読みとしても、違和感はなかった。

しかし。

「賞を与える、受ける、という時点で、既に両者ともに政治的な行為」

「政治的なものから文学を隔離しようとすること自体が、
 積極的政治性とは違った意味であるだけで、『政治性』を帯びることに変わりはない。
 むしろその「無自覚さ」こそが、現代日本の特徴でもあり、問題でもある」

等々の意見には、文学と政治(的なもの)のかかわりを認識したことすらなかった私としても、
はっとさせられるところがあり、

「この受賞が『村上春樹』であるからこそ、このように喧々諤々となるのだろう」

「戦後のベビーブーマーとして生まれ、高度成長経済期に育ち、
 学生運動の時代(しかもそのとき、春樹は早稲田大学文学部の学生だった!)を経験し、
 なおかつ、一般的な会社就職を選ばず、ジャズ喫茶経営というマイノリティの道を選び、
 さらにその10年後、あのような(『風の歌を聴け』)作品でデビューした村上春樹が、
 政治性と無縁だといえるほうがおかしい。」

などの意見を読むにいたっては、首肯せざるを得なかった。

なおかつ、

「春樹という作家は、政治的バランスを保つのが天才的に上手。
 自らの文学の政治性を俎上に上げずに、こんなにも現代において評価されてきたのだから。
 今回の受賞にしても、スピーチをするにしてもしないにしても、
 政治性を帯びず、物議もかもさず、しかし彼の流儀で『うまく』やるだろう」

というような意見は、2月15日の授賞式において恐らく証明されるのではないか、と見た。

っていうか、
彼がスピーチをしようがしまいが、した場合にどういう内容であるかに関わらず、
その行動について、私も何かしらの「意味」を(勝手に)解釈するひとりになるだろう。
そして春樹は、そんな読者や視聴者、世界中の人々のこともじゅうぶんに想定したうえで、
その日の行動をとるのだろう、と確信してしまった。


ともかくも、村上春樹なる存在が、いかに限定的とはいえ、
かくも影響力のある大家であるかということを、
今週、ふつふつと感じて驚嘆した私です。

しかも、教祖とか現状のオバマのように、熱狂的に支持されるのではなく、
それぞれの立場、同じ春樹ファンにしても異なる意見を表明される対象であるってことが、
逆にすごい存在だなーと思った。
これだけの論議をかもすだけで、小説家の価値というのを感じるし、
そういう小説家って、日本には春樹しかいないな、ってのも改めて思った。
(大江健三郎は、『小説家』というより、やっぱり『作家』って感じがする。
 作家のほうが、より、政治的ってニュアンスで。
 それがいいとか悪いとか論じたいわけではなく。)

それで、何年かぶりに、
「春樹の小説を、また読んでみようかな?」と思った私です。
あらー、結局、これこそが彼の思うツボなのかしら。
私のよう態度の読者が、その結果、彼の作品に対してどんな感想をもつとしても、
印税が入るという経済的価値のほかに、
彼の「政治的といえなくもない」小説家としての意義、
に、ひと味、加えることになるのかも。

そして、ほんとに真面目な厳粛な気持ちで書きますが、
ガザ地区で、自分の想像を超えるくらいに簡単にどんどん人が死んでいる、
ってことも認識したし、それについて無関心といえるほどであった自分の無知の罪も恥じた。


参考エントリ

『琥珀色の戯言』
村上春樹さんの「エルサレム賞」受賞に、一ファンとして言っておきたいこと
村上春樹さんの「エルサレム賞」受賞について・付記

『モジモジ君の日記。みたいな』
村上春樹、エルサレム賞受賞おめでとう!!!
2009年2月にエルサレム賞を授与される、ということ
村上春樹を読まずに批判してるって?

『無造作な雲』
村上春樹氏 エルサレム賞受賞
村上春樹氏 エルサレム賞受賞-補
村上春樹氏 エルサレム賞受賞-蛇足
村上春樹氏 エルサレム賞受賞-村上春樹という問題

『ビジネスから1000000光年』
個別論と一般論、具体論と抽象論のすれ違い、問題のレイヤーの違いについて

『玄倉川の岸辺』
村上春樹とエルサレム賞(あるいは人間の三つのタイプについて)


などなど、
各エントリのトラックバックも参照。
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ブックマーク機能の有用性・興味深さにも、今回、遅まきながら気づきました。
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by emit9024 | 2009-01-31 00:26


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