今日はこれしかない

光市の母子殺害事件の判決が下された。
帰宅後いちばんに、本村さんの会見をやってる局を探した。

なんて凄い人なんだろう。
すべての質問に対して(愚問と思われるものに対してさえ)、よどみなく、礼を失さず、
自分の思いを的確に語る。

その言葉には、「言葉のプロ」であるべきそこいらへんの政治家なんか及びもつかないくらいに
とてつもない力が宿っていて、聴く者の心を揺さぶる。

「遺族として死刑判決に報われる思いはあるが、
 この事件で自分の妻と子、そして犯人という3人の命が奪われた。
 これは社会にとって不利益である」

「死刑制度の存続派も廃止派もどちらにも、
 死刑を下さなければならないような犯罪がなくなる世の中を
 どうやって作っていくのか、その観点で考えて欲しい」

すごい言葉だ。すごいメッセージだ。

彼だって、事件の直後は取り乱していた。
一審が無期懲役判決であったとき、
「死刑にしないなら、犯人を早く世の中に出してほしい。自分が殺す」
というようなことを言っていたと思う。
そのときは、彼を非難する口調の人も少なくなかったと記憶している。

だけど考えてもみてよ、そんな感情は、遺族として極めて当然だ。
妻と子が殺されたのだ。しかも妻は陵辱されており、その仔細は当時、世間に広く報道された。
加害者の権利ばかりが保護されて、被害者の遺族はひどい二次被害に遭った。
こんなにも残酷な状況にあって、冷静な発言なんてできるわけがない。
発狂したっておかしくない。廃人になったっておかしくない。

でも彼はそうならなかった。
刑事裁判の制度を学び、
当時は認められてもいなかった被害者の意見陳述権を獲得し、
被害者や遺族の思いを訴え続けて、世論を動かした。
今日の判決についてのmixi日記は、ものすごい数だ。そのほとんどすべてが、判決に納得したものだ。

私は彼に最大限の敬意を表する。
と同時に、あんなふうに理路整然と、揺るがない意志で、強い力のある言葉を喋れるようになるまでの
彼の9年間を考えると、本当に、胸がしめつけられる。

弁護士や刑事や検事、裁判官になりたいと思う人の何倍もの思いの強さで、
彼は勉強したに違いない。
悲しかったり苦しかったり憎しみだったり、どんだけの思いを味わっただろう。
それは、犯人や弁護人に対してだけではなく、司法制度に対して、
ひいては、この社会そのものに対しての思いでもあっただろう。

彼はあきらめなかった。自暴自棄にもならなかった。仕事も辞めなかった。
今日の会見で語られた彼がたどりついた境地は、まさに司法制度の根幹にすべきものだと思う。

でもそんな賞賛なんて、ほんとは彼は、何ひとつ欲しくないだろう。
こういう形で目立ったり、人間的に成長したりなんて、ちっともしたくなかっただろう。
のんきに、平凡に、ささやかに、
笑ったり喧嘩したりしながら、家族と月日を過ごしたかっただろう。
もう絶対に、彼の奥さんと赤ちゃんは帰ってこないのだ。
なんてむごい運命なんだろう。
そしてそんな運命は、私たちにもいつどのように襲ってくるかもしれない。

心から、奥さんと娘さんのご冥福をお祈りします。
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by emit9024 | 2008-04-23 00:23


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