仲良きことは美しきかな。なんかじゃ到底言えない50年

昼休み、病室で夫と一緒に昼ごはんを食べる。

病院食のそれぞれのメニューを、
ちょこっとずつ、おすそ分けしてもらうのがマイブーム。
けっこう美味しいんだよね。
しかも、自分でつまむんじゃなくて、ひな鳥のように、夫に食べさせてもらうのがミソ。
どっちが病人だ?

という以前に、そういう、こっぱずかしい、むしろ変態的(?)行為も、
『仲良きことは美しきかな・・・』で済ませることができる(?)のが、
夫婦の醍醐味ですよね(?)。

ラブラブな恋人って、微笑ましくもちょっと煙たいとこもあるけど、
夫婦となると、現実の生臭い数々のことがらとも共に向き合わざるを得ませんから、
それでもなお、仲がいいってのは、わりあい、好意的に受け止められやすいもんね。
もちろん、人前ではラブラブっぽいことなんて、しませんし、
私たちもいつまでも仲がいいとは限りませんが。

なんていっても、ブログに書いてたら一緒か。

今日は、見た目が「冷奴」なものにお醤油をかけて、一口もらうと、これ・・・冷奴じゃない。
「うーん、高野豆腐でもないし卵豆腐でもないし、ちょっとデザートっぽい?
 でも、これ以外にお醤油をかけるべきものもないしねえ」
なんて、ふたりして首をひねる。

あとで夫がメニュー表を見たところによると、「豆乳かん」だったそうです。
ああ、そうだ、あれ、豆乳の味だったー!
しかし、お醤油が正解だったのかどうかは、謎。


さて、少々遅まきな話題ですが、
先日、天皇皇后両陛下がご結婚50周年を迎えられ、会見をされました。

天皇ご一家(かつての紀宮様、皇太子夫妻、秋篠宮夫妻を含む)が、
このように公式な会見をされたとき、
私は、必ずニュースサイトで、その要旨ではなく、会見の全文を読むことにしている。
好きなんです・・・・。

まあ事前に入念なチェックは入っているかもしれないし、
ブレーン(というのは失礼か? ご相談役?)みたいな人々の存在もあろうが、
そこらのお粗末な政治家さんなんかより、よっぽど「自分の言葉」で語られているなぁ、
と感じることが多く、特に天皇皇后両陛下の会見は、
いつのときでも美しくも平易な言葉でわかりやすく述べられ、
しかも奥深く示唆に富んだもので、感銘を受けてばかりだ。

このブログに行きついた人たちとも、ぜひこの感動をわかちあうべく、
全文掲載したいところだが、さすがに不敬に過ぎるかな?
というより、かなりのボリュームがあるので抜粋させていただきます。
不敬問題では五十歩百歩ですね。


今回の感じどころ、まずひとつめは、
ご結婚50周年の会見ですから、おふたりが、お互いについて思われていることについて。

(問)結婚50年にあたって

天皇陛下:
「皇后は結婚以来、常に私の立場と務めを重んじ、
 また、私生活においては昭和天皇をはじめ私の家族を大切にしつつ、
 私に寄り添ってきてくれたことをうれしく思っています。」

と、これはまあ、型どおりといえばいえる総括なのだが、このあとには、
若くして未亡人になられた天皇陛下の姉君とも家族として心から仲良くしてくれた、
などのエピソードが語られ、

天皇陛下:
「私ども2人は育った環境も違い、特に私は家庭生活をしてこなかったので、
 皇后の立場を十分に思いやることができず、
 加えて、大勢の職員と共にする生活には戸惑うことも多かったと思います。
 しかし、何事も静かに受け入れ、私が皇太子として、また、天皇として
 務めを果たしていく上に、大きな支えとなってくれました。」

と、皇后陛下の具体的なご苦労についても、ねぎらいの言葉を述べられている。
今の陛下は、「天皇=現人神」時代が子ども時代なので、幼いときからご両親とは離れ、
侍従とか乳母さん?みたいな方々にご養育されたんだよね。

さて、皇后陛下:
「50年前、普通の家庭から皇室という新しい環境に入りました時、
 不安と心細さで心がいっぱいでございました。
 今日こうして陛下のおそばで金婚の日を迎えられることを、本当に夢のように思います。」

そう、わたし世代にはむしろ通常のこととして受け止めている「民間からのお妃誕生」は、
美智子妃殿下が初めてだったのだ。
実際の生活の中でも、習慣の違いや皇族の方々とのご関係で、大変な苦労をされたというし、
マスコミにいろいろなことをはやし立てられたりするストレスで、
若い頃には失声症?のような症状で割と長い期間ご療養されたりしたとも聞く。

「夢のように思います」という言葉には、そのような、50年間に対しての、
言葉にならない万感の思い、みたいなものを感じて、
でも同時に、ご夫婦で歩んできたこの50年間は、きっと幸せだったのではないかな、
とも思える、本当に深い深い表現だと思います。


(問)銀婚式に際しての会見では、
   陛下は皇后さまに「努力賞」、皇后さまは陛下に「感謝状」を
   それぞれ差し上げたい、と言われたが、この金婚式は?

天皇陛下:
「結婚50年にあたって贈るとすれば「感謝状」です。
 皇后は「この度も努力賞がいい」としきりに言うのですが、
 これは今日まで続けてきた努力をよみしての感謝状です。
 本当に50年間よく努力を続けてくれました。
 その間にはたくさんの悲しいことやつらいことがあったと思いますが、よく耐えてくれたと思います。」

皇后陛下:
「このたびも私はやはり「感謝状」を、
 何かこれだけでは足りないような気持ちが致しますが、
 心を込めて「感謝状」をお贈り申し上げます。」


(問)50年の歩みのなかで、心に残っていることなどを。

天皇陛下:
「皇后はまじめなのですが、おもしろく楽しい面を持っており、
 私どもの生活にいつも笑いがあったことを思い出します。
 また皇后が木や花が好きなことから、
 早朝に一緒に皇居の中を散歩するのも楽しいものです。
 私は木は好きでしたが、結婚後、花に関心を持つようになりました。」

皇后陛下:
「このようなお答えでよろしいのか……。
 嫁いで1、2年のころ、散策にお誘いいただきました。
 赤坂のお庭はクモの巣が多く、陛下は道々クモの巣を払うための、
 確か寒竹だったか、葉の付いた、細い竹を2本切っておいでになると、
 その2本を並べてお比べになり、一方の竹を少し短く切って、渡してくださいました。
 ご自分のよりも軽く、少しでも持ちやすいようにと思ってくださったのでしょう。
 今でもその時のことを思い出すと、胸が温かくなります。」

なんて慎ましく、かわいらしく、お互いを思いやり、真心のこもった回答でしょう!
読んでる私のほうが、目から汗を出しそうです。

この会見が報道された翌日、糸井重里がHP上で、

「あの結婚は自分がまだ子どもの頃で、
 成婚パレードやなんかを見るために、テレビがバカ売れしたのはいうまでもなく、
 おふたりのブロマイド(?)もたくさんの人たちが買っていた。
 ふつうの家庭のお茶の間に、皇太子夫妻(当時)の写真が飾られている、
 なんてことが、当時はふつうにあったんだよ。

 それにしてもさぁ、この年齢で、こんなに仲の良さそうな夫婦って、
 あんまりいなくない?
 なんか、真剣に、感心してしまったんですよね。」

というようなことを書いていたが
(既にこのログは消えているので、私の記憶をもとに書いてます)、
皇族だからとかなんとかって関係なく、
たくさんの人が、こういう素朴な感想をもったんじゃないかな。


そして、もうひとつの感じどころは、「現人神」から「象徴天皇」の時代へと
皇室の役割が変わり、また、世の中も当然、大きく移り変わる時代を過ごされてきたことに対する回答。

少し長いですが、
これは今回の会見のかなりキモな部分だと思うので、
ぜひ書きとめておきたいし、また、読んでもらえるとうれしいので、引用します。

(問)時代にふさわしい新たな皇室のありよう、
   一方で守ってこられた皇室の伝統について、
   またそれを次世代にどう引き継いでいかれるのか?

天皇陛下:
「象徴とは、どうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、
 その望ましいあり方を求めてこんにちに至っています。

 なお、大日本帝国憲法下の天皇のあり方と、
 日本国憲法下の天皇のあり方を比べれば、
 日本国憲法下の天皇のあり方の方が、
 天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇のあり方に沿うものと思います。

 守ってきた皇室の伝統についての質問ですが、
 私は昭和天皇から伝わってきたものはほとんど受け継ぎ、これを守ってきました。
 この中には新嘗祭(にいなめさい)のように古くから伝えられてきた
 伝統的祭祀(さいし)もありますが、
 田植えのように昭和天皇から始められた行事もあります。

 新嘗祭のように古い伝統のあるものはそのままの形を残していくことが大切と考えますが、
 田植えのように新しく始められた行事は、
 形よりはそれを行う意義を重視していくことが望ましいと考えます。
 従って現在、私は田植え、稲刈りに加え、前年に収穫した種もみをまくことから始めています。

 皇室の伝統をどう引き継いでいくかという質問ですが、
 先ほど、天皇のあり方として、
 その望ましいあり方を常に求めていくという話をしましたが、
 次世代にとってもその心持ちを持つことが大切であり、
 個々の行事をどうするかということは、次世代の考えに譲りたいと考えます。」

皇后陛下:
「陛下はご即位にあたり、これまでの皇室の伝統的行事、および祭祀とも、
 昭和天皇の御代(みよ)のものをほぼ全部お引き継ぎになりました。
 また、皇室が、過去の伝統とともに現代を生きることの大切さを深く思われ、
 日本各地に住む人々の生活に心を寄せ、人々とともに、
 今という時代に丁寧にかかわりつつ、一つの時代を築いてこられたように思います。

 伝統とともに生きるということは、時に大変なことでもありますが、
 伝統があるために、国や社会や家が、どれだけ力強く、
 豊かになれているかということに、気づかされることがあります。
 
 一方で、型のみで残った伝統が、社会の進展を阻んだり、
 伝統という名のもとで、古い慣習が人々を苦しめていることもあり、
 この言葉が安易に使われることは好ましく思いません。」

本当にねえ、非常に意義深い回答だと思うんよね。
こういうのを抜粋なしに多くの人々が読めるってことは、
このネット社会の素晴らしさを感じるし、日本の民主主義も捨てたもんじゃないなって思うね。
そして、ただ読んで感心するだけじゃなくて、
読み手がわに、「こう思ってるけど、どう?」ていう、投げかける力も持った回答。

耳に心地よい、きれいな言葉で、上っ面をなぞっただけではないからね。
こういう回答は、普段から・・・ていうか、長年にわたって、
この方たちが、「伝統とは」「皇室とは」「現代にあっての天皇とは」ということを、
まじめに、不断の努力で考え、実践し続けてこられてないと、出てこない。

「皇室に生まれただけで、お金の心配もなく、人に頭を下げる労働もなく、
 国民が納めた税金で、裕福な生活を送れるだなんて、天皇って何様なのよ?!」
というステレオタイプな意見や、

「天皇? いてもいなくても、俺らの生活に何の関係もないし。興味ないけど?」
ていう、私たち以降の世代の大半を占めるんじゃないかって考えもある。

天皇制度の是非については、あまりにもデリケートになるし、
私自身、「こうあるべきだ。」なんて確固たる意見はもてないんだけど、
皇族方、特に今の両陛下に対しては、
私はどうしても、尊敬の意、みたいなのをもたずにいられないんだよね。

いかに食いつめることなんてありえないとはいえ、
その立場は、望んで得たものではなく、逃れられないものだ。
あの高齢にあっても、おふたりは分刻みのスケジュールで、
あまりにも多くの仕事や儀礼をこなしている。
ちょっと調べただけでも、心底びっくりして、心配になるぐらいの過酷なものだ。

そして、それを、死ぬまで逃れられない。
敬意にしろ好奇心にしろ敵意にしろ、
世間のあらゆる目からも逃れられない。

そういう立場に生まれついた皇族の方々、
また、成人してから、そんな異常な世界に飛び込んでいったお妃の方々って、
相当な孤独感や無力感、葛藤から逃れられないんじゃないかって思う。

「どうして、自分はこういう星のもとに生まれたのか?」
なんて、若い頃から常に考え続けるなんていう人生、そうそう、ないじゃないですか。
こういう例えは不適切かもしれないが、
障害を負った人たちや、食べるものに困る人たちなどと同じぐらいに、
私のような凡人には想像もつかない生き方をされているんだと思う。

その中で、別に自分が望んでいるわけでもない境遇について、
ああも真摯に受け止め、常に考え、しかも表現できるんだな。
と思うと、天皇うんぬんにかかわらず、人間としての生き方に胸打たれてしまう。

皇室という世界に限らず、
形式的になりかねない、形骸化されかねない、「伝統」というものについて、
確固たる信念をもって取り組み、
かつ、きっと感じてこられた部分もあるだろうマイナス面についても
しっかり表現して、次世代が柔軟な対応をしやすいよう考慮した回答は、
家庭でも会社でも地域社会でもおおいに学ぶべきところがあるんじゃないかな、って思った。

さらに、

皇后陛下:
「伝統には表に表れる型と、内に秘められた心の部分とがあり、
 その二つがともに継承されていることも、
 片方だけで伝わってきていることもあると思います。
 
 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で活躍した日本の選手たちは、
 よろいも着ず、切腹したり、「ござる」とか言ってはおられなかったけれど、
 どの選手もやはりどこかサムライ的で美しい強さを持って戦っておりました。
 陛下のおっしゃるように、伝統の問題は、引き継ぐとともに、次世代に委ねていくものでしょう。
 私どもの時代の次、またその次の人たちが、
 それぞれの立場から、皇室の伝統にとどまらず、
 伝統と社会との問題に対し、思いを深めていってくれるよう、願っています。」

というWBCを例に引いた回答は、まさに時宜を得たもので、
また、控えめな表現ながらも皇后陛下のユーモアも感じられて微笑ましかったし、

天皇陛下:
「学士院賞や芸術院賞受賞者などを招いての茶会なども、
 皇后と共に関係者と話し合い、招かれた全員と話ができるように形式を変えました。

 短時間ではありますが、受賞者、新会員、皆と話をする機会が持て、
 私どもにとっても楽しいものになりました。」

などの回答も、
決して天皇制度という菊のカーテンに守られてきたのではなく、
常に新しいやり方を模索し、実行されてきたんだな、というのが感じられ、
本当に「夫婦二人三脚、そして周囲との協調」あっての50年だったんだな、と思って、
「はぁーーーー」っという深い感嘆のため息をついた私なのでした。

だいたい、50年間とあれば、山あり谷あり、どんなご夫婦にも
ひとかたならぬ歴史や思い出があるものだろうが、
そういうのを耳にする機会って、実際、ほとんどないし。

天皇皇后両陛下というのは、ひとまず置いたとしても、
夫婦50年、そして、人生のおおいなる先達の言葉として、感じ入っちゃうわけですよね。
[PR]
by emit9024 | 2009-04-15 00:15


<< 経験バトン ワシはこんなの見とうはなかった! >>