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エルサレム賞授賞式の春樹についてもう1件

まずは、件のスピーチ全文へのリンク。

・原文
・日本語訳(匿名さんによるものです)

日本の新聞社系のニュースサイトとかで全文掲載してるところ、なくないですかー?
ゆゆしきことだと思うんですが。
普段、天皇陛下の会見とか、小室てつやさんの裁判とかの記録も全掲載してるくせに!
私のサーフィンが下手なだけ?


全文を読むと、改めて巧みさに唸らされるし、
春樹の文体に馴染んだ者としては、大舞台にあっても親しみを感じるし、
同時に、「ほんっと、かなり突っ込んで喋ったな!」という思いも強くなります。

これだけの英語原稿を自分で書いて自分で喋るって、
さすが春樹だなーと思うけど、まあ、もともと、そういう人ですからね。
政治家さんなどと違ってこの人には当然スピーチライターなんていないし。
英米文学への深い造詣あっての、この人だし。
英文であってもまったく春樹らしさが損なわれないというか、
むしろだからこそ世界中の言語圏に読者がいるわけで。

遠い将来、春樹の全集みたいなのが発行されたりしたら、このスピーチもきっと収録されるんでしょうね。
これも立派な彼の「著作」だな。

衆目にさらされることを嫌うことで有名な彼が、
その著作の中にさえもなかなか見つけることの出来ない、
個人的・政治的(ともとれる)スタンスについて、このように世界中に注目される舞台で
ご本人がかなり明確に「喋って」るんだから、私ら読者にとっては不思議なもんです。


で、また「はてな」を始めとする熱いネット論壇も徘徊。

授賞式当日、速報(スピーチの抄訳)に接した際の感想は前のエントリの通りなんだけど、
いろんな人の意見を読むと、なるほど、と思うこともいろいろあったな。
みなさん、思考やロジック、文章がアカデミックというか、
私には難しくて一読では呑みこめないよー!てのもあったけど。


一般的に(とか書くけど、『一般的』の定義とかは詳細に吟味してませんよ、すみません)
あの講演は、おおむね好評を博したようです。
中川大臣の例の会見も同日に報じられたせいか、両者の印象を比較して、
「春樹さんは立派! よくぞ堂々と述べた! 日本人の誇り!」
というような意見も、多々見られました。
うん、無理もない。率直な感想だよね。同感です。


ただ、やっぱり読み過ごせないのは、
(以下、引用ともいえないほどに、どの意見もものすごく自己編集してます)

「あのスピーチが全世界に配信されたからといって、世界は何も変わらない」
というような意見だったりします。

そりゃまぁ当然そうだろ、あのスピーチで突然に世界平和が訪れたりしたら、
それこそ春樹は教祖様ってことになるでしょうが。
と、乱暴に考えれば考えられるところですが、そのように論じる理由として、

「あのスピーチがエルサレムのその場において聴衆に拍手された時点で、
 イスラエルの『寛容さ』が際立つという予定調和に終わっている」

と挙げられたら、考えさせられざるを得ません。
つまり、イスラエル側は、こういった、自国を弾劾されるスピーチをも想定して、受賞者を選んだ、と。
それをも受け容れる「言論の自由」をもってるんですよ我々は、と。
そういう文明国なんですよ、と。
あの国があれだけおおぜいを虐殺をしておきながら、そう主張する手だてのひとつが、この賞なのだ。
確かにそういわれると、深い無力感に打ちひしがれます。

(エルサレム賞の審査員(?)がどこまで政治と関わっているかは不勉強にして知らないけど、
 授賞式にイスラエルの大統領やエルサレム市長が出席し、賞状(?)を手渡してたのは事実。)

しかし、「賞を授けますよ」と公的に表明された立場である春樹さんとしては、

・受賞拒否して、沈黙する
・受賞拒否して、イスラエル弾劾(とも解釈できる)意見を表明する
・受賞して、何も言わない
・受賞して、受賞式の場でイスラエル弾劾(とも解釈できる)スピーチをする

大まかに言うとこれくらいの選択肢しかないわけで、
その中で最後者を選んだ春樹には当然、思うところがあったのだろう。
まあ、それがノーベル賞に対する布石とか、もっというと野心とか、
穿った見方はいくらでもできるとしても、
そういうのをひっくるめても、彼の「信念」が表出したのが、今回だと思う。

スピーチでも、「多くの人に反対されながら、なぜ私がここに来たか。」
ってことについて、言を割いてましたよね。


私たちは、彼の、誰かの、思うところを想像したり、
彼の言動に対して自由な感想を述べたりすることができる。

だけどもちろん、本件に興味すらない人だってたくさんいるし、
(それどころじゃない、っていうガザ地区で命の危険に晒されてる人たちも含めて)
春樹の本を読んだことないけどニュースで見ただけ人たち、
あるいは春樹を好きすぎる(?)人たちもいる。
その中には、「春樹すげーよ! おめでとう! かっこいー!」
で終わる人たちだってたくさんいる。

そういうのに対する、ネット上の意見(例によって自己編集済みですよ)。

「このスピーチにカタルシスを感じ、春樹を素晴らしいと評じ、
 しかしそこで思考停止して、3日も経てば忘れてしまう。
 それが一番、警戒すべきことだ。
 あのスピーチから、すべての人が自分の『実践』を始めるべきなのだ。」

うん。そう。そうだよね。ほんとにそうだ。
これ聞いて、感動して、ハイおしまい、じゃいけないんだ、って思う。

ただし、ネット論壇でも当然、指摘されているように、

「じゃあ実践って何?
 イスラエルを糾弾したって、マイクロソフトとかインテルとか入ってるパソコンで
 ブログ書いたりすること自体(わたし註:いわゆる『ユダヤ・ロビー』とかの話ですよね?)
 イスラエルに加担してるといえなくもないんだよ?」
とかって問題提起されると、もう、がんじがらめになって動けませんけど・・・


“壊れやすい卵”という我々ひとりひとり、イコール個人に対するものとして、
“高くて堅すぎる壁”イコール体制あるいはシステムというものを挙げ、
いつだって卵の側につくと言い切った春樹すら、
結局は、“壁”の中で、彼自身が“卵”として脆弱な発言をしたにすぎないのかもしれない。
この世にある限り、壁つまりシステム、制度から逃れること、
その一切とかかわりのないところで生きてくことはできないんだろう。

だけど“壁”を壊すのは生半可なことじゃないんだもんね。
壁の中で声を上げる、ていうのが、卵にできる最大のことかもしれない。
でも、それがなければ始まらない。


30年も前は、春樹も星の数ほどいる新人作家のひとりで、そのころには、
30年経ってこんなに大きな意味を求められる立場になるとは思いもよらなかっただろう。
彼の小説家人生は、その著作のセールスや影響力とは裏腹に、
地道で実直で、マスコミとは無縁の世界をできるだけ選んできたものだと思う。
それが、いつのまにかこんなところまで来て、今、あの場でああいったスピーチを行った。

彼を真摯な人間だと思うし、今回のことは、ほかのいろんな人の意見を読むこととともに、
私にとっては、ある意味、人生観を揺るがすような大きな出来事だった。
読む人にとっては、なんの論理性も感じられない、あるいはつぎはぎの記事かもしれないけど、
自分のその記憶のために、これからのために、ここにも記しておきたいと思います。


参考エントリ

下記以外にも、これらのトラックバック等を辿っていろいろ読みました。
例によって、直接のコメント欄やブックマークコメントにも注目。

・モジモジ君の日記。みたいな
村上春樹、エルサレム賞授賞式でイスラエルを批判
「村上春樹」を巡る政治

・関内関外日記
よくやったじゃねえか、村上春樹、よくやったぜお前!そして打順は巡ってくるんだぜ、俺、世界!
村上春樹の件について、なんかどうも手放しでよろこべない理由を考えてみたんだ

・planet カラダン
洋上のスピーチタイム

・琥珀色の戯言
「わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか」

・過ぎ去ろうとしない過去
「永遠の嘘」を構成する者


追記
春樹さんも今や、60歳か。映像を見ると、大ファンとかではない私ですら、
さすがに年を経られた様子に感慨を覚える。
でも、きゅんとくる。お元気そうでとても嬉しい。
海辺のカフカもねじまき鳥クロニクルもアンダーグラウンドも読んでないしこれからも読まないかもしれないけど、やっぱり、なんだかんだで春樹さん好きだー、って立脚点で、書いてることは間違いないっす。
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by emit9024 | 2009-02-18 21:35

春樹、エルサレムで講演す

朝の時点では『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦 角川文庫)についての感想を昨日に続いて追記しようかと思っていたんだけど、やっぱり今日はこれについて書いとかなきゃって気持ちの私です。

『村上春樹 エルサレム賞授賞式で記念講演』
(以下は産経新聞ニュースサイトの抄訳です)


一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。

一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。

一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。

一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。


全文を掲載しているwebはまだないみたいですね。
彼が実際に発した英語のスピーチをもうちょっと詳しく引いてるサイトがあって、
それを読んだ感じでは、この抄訳よりももっと「村上春樹」らしかった。
いかにもスマートでナイーブで、小憎らしいほどクールかつシニカル。
もちろん同時に、隠喩は示唆に富み、単語のひとつひとつ、文章の連なり、
声に出して読んだ感じの響きにいたるまで、目配りし尽くしてるな、と感じた。

(とはいっても、私の英文読解力といったら、
 今や大学生よりさらに落ちるくらいのレベルだろうけどね・・・)

イスラエルの文学賞であればなおさら、
記録どころか後世に残る歴史としてすら残るスピーチになってもおかしくないものだろうから、
言葉を操るのを業とする作家としてこの賞を受けた以上、
(春樹は、意見を表明するにあたって、
 『I have a come as a novelist, that is - a spinner of lies』なんて言いまわしで始めてますね)
よくよく推敲された全文であることは疑いもない。

しかし、ネットやテレビ・新聞は言うに及ばず、人々の口の端にのぼる場合でも、
抄訳よりもさらに短い「抜き出された」フレーズが
独り歩きすることをも十二分に見越した、周到なスピーチだと思う。

 「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵。
  自分は常に卵のがわに立つ。壁のがわに立つ小説家に、何の意味があろうか?」

うーん、うまいね。さすが春樹。
や、ナナメに構えて言ってるわけじゃないんだよ。

私がこれまでに読んだ春樹の著作群。
『風の歌を聴け』
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
『やがて悲しき外国語』
『辺境・近境』『遠い太鼓』『シドニー!』
『走ることについて語るときに僕の語ること』
あとは、村上朝日堂シリーズを始めとする、お気楽な(?)エッセイなど。
決して多くない。海辺のカフカもねじまき鳥クロニクルも、アンダーグラウンドも読んでない。

そんなつまみ食いの私にとっても、
このスピーチ(の抄訳)における彼の立脚点は、彼に対する印象をまったく修正させなかった。
いかにも春樹さんらしいなー、と思った。
というかむしろ正直なところ、抄訳を読んだとき、ぐっと熱い気持ちがこみあげたもん。

いわんや、真性のハルキストたち(揶揄じゃないよ)はさぞかし感激し、
デタッチメントに始まった彼の文学をここまで追い続けて来た人などは、
「春樹、ここまで言うようになったか・・・・」ていう感慨に堪えなかったりするんだろう。

一方で、
「“あの”村上春樹がここまで踏み込んだ発言をするとは」
と驚きをもって受け止める人々も少なくないだろうし、
このスピーチで初めて彼の言葉に触れた人々は、
「なんか骨のある奴じゃないの」
という印象をもったりするんだろう。

なんか、ほんとに、つくづくねー、さすが、春樹ともなると違うね!て感じるんだけども。

でも、どこの誰にどんな受け止められ方をされようとも、春樹さん自身は
「これは欺瞞じゃない、僕の、真摯な、真実の言葉だ」
って胸を張って(彼は胸を張ったりしなさそうだが)言えるんだろうな、
って思える。思わせる。

だからこそ、このスピーチの価値、この受賞の価値というのは間違いなくあって、
それは春樹自身の輝かしいキャリアのひとつになるのかもしれないけど、
世界じゅうにとって意味のあることなんじゃないかな、って思った。
おのれの栄光のためだけに、このスピーチをしたわけじゃないんだろうと思う、春樹さんは。

「We must not let the system control us - create who we are.
 It is we who created the system.」

あ、そうだ、you tubeなんか見たら、動画がupされてたりするんかな。
春樹の講演なんて見られるの、そもそもレアだよね。
どーせ英語だから聞いたそばから理解できるなんてこたぁないけど、
日本語でスピーチしたなんて、(芥川賞受賞以来?)ついぞ耳にしたこともないし、
これからも日本では絶対しそうにないからなー。
あー私、野次馬感覚も、結局、否めないなー。
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by emit9024 | 2009-02-16 21:45

Yes,We Can!! て叫べるか?

新しい指導者を迎えるアメリカのお祭り騒ぎを見ていると、
いかにあの国が閉塞しきっていたかをつくづく感じるところではあるけれど、
なーんかちょっと、おめでたすぎるんじゃないの?
なんて思ってしまう私はひねくれ者でしょうか。

国民が自ら投票して国の元首を選ぶシステムだから、
日本の新首相誕生なんかよりよっぽど盛り上がるのは当たり前だろうし、
マイケル・ムーアの映画「華氏911」なんかを見てると
政治はおろか、軍事行動までもを、
石油を始めとした利権のために動かしていた面が多々危惧されるブッシュに
アメリカ国民がいいかげん倦んでいたのも、わからんでもない。

そこへきて、バラク・オバマは限りなく清新に近いイメージだし、
ひとの心を動かす「ことば」を訴えるという、政治家としての強力な武器をもっているし、
彼がハーフであるにせよ黒人だということも、
おおむね単一民族という認識で成り立っている日本に生まれた私たちには、
本質的にわかり得ない求心力になっているのだろう。

それにしても、あの熱狂ぶり。
心をひとつにして愛国心を謳いあげることができるなんて、
素晴らしいな、うらやましいな、
という気持ちももちろんあるけど、同時にその恐ろしさみたいなものも感じちゃうよ・・・。
それが、今なお世界の超大国として君臨するアメリカで起こっていることであれば尚更。

ま、(私も含め)政治を批判することすら放棄した無関心な日本人よりは、よっぽど幸せなのかな。


さて、1月の仕事が始まって15日、大きな山場をいくつかクリアし、
でも決算業務全体でいえば、まだ序盤としかいえないよ、という今日このごろ。
そろそろ疲れを感じてきましたよ。

今では四半期ごとにやってる業務であれば、
心身共に「決算モード」に入るのは割とスムーズ、
それに私なんて新卒以来ひたすらこの会社に留まっているんだから、
会社の来し方についてもかなりの知識と経験を得ていて、
それが仕事にもおおいに役立っているわけだけれども、
その分、当然、それなりに重たいこともやらなきゃいけない長時間労働の日々、
身も心も疲れてくると、小さなつまずきが大きなダメージになったりすることは、
やっぱり今でもあるわけです。

(・・・・って、上の文章、8行でひとつの文だ。長い。)

こうなってくると、「もうドラマとか見てる心の余裕はない!」て感じになるとこが、
やっぱり基本、テレビっ子ではないんでしょうか。
そもそも昨日は「ヴォイス」の放映時間には帰宅できなかったし、
今夜は21時過ぎには帰宅して、簡単な料理作ったところで
「これから『トライアングル』だなー・・・でも、もう、いいや。
 あのドラマ、謎が謎を呼びすぎてて、見ててちょっと疲れるっさね。」
と嘆息した結果、夜ごはんのお供はテレビではなく、もう何度も読んだエッセイ本でした。

それでも今夜の帰りがちょっと早かったのは、
風邪ひいてる夫の分まで、こんなときぐらい家事を一手に引き受けねば!
と、いちおう家庭人として意気込んだからというのもありますが、
先週から悩み続けていた案件のひとつに、ようやく落としどころを認められ、
ちょっと一息つかないともたない・・・と思ったからであります。
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by emit9024 | 2009-01-20 22:42

政権の功罪と、真実の干物オンナの悲哀?

■自由民主党の将来とニッポンの将来

妙齢の女子が政治とか経済とかについて申し述べるのは可愛げがないという風潮の未だにある現代ニッポンとはいえ、やっぱりそっちのほうがおかしいよ、と思っちゃうのである。

そんなことより先に自分のケッコンとか出産とか考えれば?なんていう向きも悔しいことにあるのだけれども、いま現在、自分で働いて生活しているんだし、納税もしてる。それがこのまま一生続くかもしれない。

もちろん、直接、自分で報酬を得ているわけでなくても、主婦として母親として家族を支える女性や、リタイアした高齢者の方だって、それぞれの形で社会とつながっているわけだから、政治経済国際情勢について意見をもつことは、ちっともおかしいことではありません。ていうか、ハタチすぎれば、誰であれどんな形であれ、何かしら社会とつながってくものだ、という前提で付与されている選挙権だと思うしね。むしろ、そんなことは自分には直裁に関係ないしわかんないし、って無関心こそが、現在の状況を生み出している一因だと思うのです。

まあ、そんな言い訳めいた前置きはいいとして、総裁選のゆくえ、どうなるのでしょうね。

私は基本的に小泉政権も安倍政権も支持しない者でした。先ず、お年寄りや障害のある方など、社会的弱者を切捨てる路線が許せんし、特に小泉さんの、ワンフレーズポリティクスといえば体がいいけれども、国民を馬鹿にした、論理を欠きまくった出鱈目な国会答弁、アータはどこの国の政治家だ、と言いたくなるような米国追従の果てに、まさか戦争のできる国家にするんじゃなかろうね、という疑義、この数年間の自分の所得に占める増税(保険料の負担増加だって立派な増税です、しかも保険料って所得逆進性ですよ)だって腹立たしい限りです。それでいて、自分たちは立派に資金源や利権を確保しているんですから。

かといって、では同じ時期に他の人が政権運営をしていたら良かったのか?と考え始めると、もう全然わかんないわけです。弱者に優しい政治を行った政治家が、古今東西どれくらいいるか?っていわれると、挙げることすらできないし。小泉以前の日本の政治が優れていたわけではないことは、衆目承知のとおりですしね。思えば小泉さんの功績というのもやっぱりいろいろあるわけです。断固たる構造改革によって景気が浮揚した、といえないこともないような気もしないでもありません(←くどい)。

恐らくどの時代・どの国の政治でも、あるいは経済だってそうです、闇取引や談合がないってことはありえないでしょう。そのうえで成り立つのが社会だとしても、誰がどのような政治を行うかというのは、最終的に必ず、われわれ庶民の身に撥ね返ってくることなのです。私はワイドショー政治を憎んでいます。民主党がいいとか共産党を支持するとかと、はっきり言えないのは当然ですが、安易に勝ち馬に乗るのはやめましょう。郵政解散と言われた先の衆議院選挙では、フリーターやニートの人たちの票が自民党に集まったといいます。しかし正規雇用の門を狭め、それによって晩婚化、ひいては少子化、地域格差を進ませたのも、そもそも小泉政権の政策によるものなのです。それでもあれだけの支持率を保ち続けたのは小泉さんの凄さ、としか言いようがないかもしれない、ような、気もしなくもありませんが(←くどい)。

自民党総裁選挙に対して私たちは有権者ではありませんが、世論、民意の反映のない政治が、古今東西続かないのも真実です。
・・・・・・・・・。
熱いな、俺。

■それで誰を支持するか、っていわれたら。
まだ情報収集不足ですが、今んとこ、谷垣さんかもしれません。なぜなら、以前、公然と、消費税を増税するようなことを言ってるから。や、実際そうされたら、1消費者としても1企業の経理担当者としても非常に困るけど、本当に他に国の財源がなくて税収増が必要なのであれば、消費税増税は合理的だと思っています。その理由は書き始めたら長くなるので割愛。少なくとも、選挙前に消費税論議について明確な言明を避けといて、いざ選挙後になったらちゃっかり増税するような輩よりは、筋が通ってるんじゃないかと・・・。

■とかなんとか言いながら。
現在、心待ちにしているのは、「週刊文春」と「週刊現代」の最新号なわけです。や、週刊誌だからってバカにしちゃいけませんよ。安倍さんの突然の辞任劇にもっとも影響を与えたとされる記事が掲載されるのです。健康不安は現実でしょうが、これらの記事が、彼の政権維持、つまり心身の健康に致命的なダメージを与えたといっても過言ではないみたいですよ。1国民として、また1企業の社員として、マスコミにムカつくことも多々ありますが、ジャーナリズムの価値というものを感じられる場面も、このように時々あります。2誌とも、首都圏ではもう本日の発売のはずなので売り切れているかもしれませんが、ここ九州では土曜日の発売です。

■三谷さんの先見(?)
きのう、三谷幸喜のエッセイ集『オンリー・ミー』(幻冬舎文庫)をなにげなく読み返していて、はっとした。以下のようなくだりがあったのである。ちなみにこれが書かれたのは細川護熙政権発足時ですから1993年、つまり今から14年前、三谷さんが32歳のときです。

『(前略)
 そんなわけで、この国の政治が変わるのは確かであり、国会も活性化されて面白くなるのは間違いない。しかしそれでもなお、「政治」という言葉に拒否反応をおこして、まったく関心がもてない人もまだまだいるはずだ。そんな皆さんのために、今、僕が注目している、今後の政局のポイントをいくつかご紹介したい。これであなたも国会のトリコです。

(中略)
 ●自民党の新井将敬氏と、小泉元郵政大臣は、細身同士で一見区別が付きにくい。
 これは慣れてくれば識別は意外と簡単である。常にどっしり構えて、一瞬林隆三かと思わせるほどの、ふてぶてしさを醸し出しているのが、新井氏。手足が微妙に長く、背広姿が今ひとつ決まらないのが、小泉氏である。

 この人(エミ註:小泉さんのことね。)は髪型もおひょいさんみたいで、どうも政治家という感じがしない。線の細さは、どっちかというと、衆院議員というよりもダンス教師だ。デパートの実演販売人の匂いもちょっとある。同じ細身でも、新井氏には素浪人を思わせる凄みがあるというのに、なぜだろうか。

 しかし、従来の政治家のイメージを打ち破った(大臣時代も全然大臣に見えなかった)という点で、実は今一番注目しているのがこの小泉氏なのである。とにかくまるで偉そうに見えないのが素晴らしい。ゆくゆくは政権でも取って、総理のイメージも一新してほしいものである。』

これが書かれた実に8年後、小泉純一郎は政権をとり、戦後3番目の長さの在位を誇る宰相となったのですね・・・・。いま読めば、あらゆる意味で深い文章です。何しろ、三谷さんのユーモアってやつは素晴らしいですね。

■ホタルノヒカリ最終回
冒頭で天下国家を大上段に論じておきながら(?)、だんだん卑小な、や、地に足のついた(?)方向に向かっていく、このブログです。

ゆうべ、政局を受けてテレビニュースのハシゴをしていたら、ふと行き当たったのがこのドラマの最終回、終了40分ほど前でした。初めて見たのだけれど、だいたいのあらすじは前もって知っていたので、さほどの違和感もなく最後まで見てしまいました。

いやー、「干物女」なんていうけどね、綾瀬はるかのかわいさといったら、すっぴん・ジャージ・ちょんまげ姿だろうが、どこの誰が見たって、やさぐれ感なんてないわけよぅ。おまけに素直で一生懸命で仕事もできる設定みたいだし! しかし、藤木直人だなんて、そんなに若くしてオッサンとくっつくのはやめとけよ! 若い頃は、年上で仕事のできる人に惹かれるのは当然とはいってもさー。・・・とはいえ、藤木直人みたいなイケメン部長なんてのが、そもそもありえんっちゃんね。『山おんな壁おんな』の谷原章介部長も然り(見たことないけど、そっちも)。しょせん、ドラマやね~ドラマ。なんて、心中、ひとり悪態ブラザーズを結成しながら見てたんだけど・・・・でも藤木直人、やっぱりカッコいいかも。目の前にいたらコロッと恋に落ちるかも・・・・そして、当然ながら、綾瀬はるかなんかになりえない我が身は、あえなく恋にも敗退してしまうのね、きっと・・・。

■反省かも。
よっぱらった勢いで書きすぎました、あらゆる意味で・・・
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by emit9024 | 2007-09-13 22:55

首相辞す

相変わらず仕事に四苦八苦したり、レンタルDVDで今さら『タイガー&ドラゴン』にハマったり、ミーハーにも公開初日に『HERO』を見に行ったり、自転車をパンクさせたり、某所でワインに詳しくなったり、エスニック料理店で歴史について熱く語ったりしています。

そんな毎日の中で欠かさず受け取っているのが、フリージャーナリスト勝谷誠彦のメールマガジン。有料ですからね、これ。お金払ってまで読んでるわけです。

そのメール、9月10日号のタイトルは<金豚と手を握ることを決めたブッシュにテロ特措法を理由に処刑された安倍さん>。あの、「職を賭して給油を続ける」とかなんとか、国民としては「え、そこに賭けるんですか、日本国の首相は?」とポカーンとした演説の翌日です。

かいつまんで本文を引用。
「いやはや、政治は怖い。詰め腹を切らされるというものを、久しぶりに見た。安倍さんがこの状態に追い込まれたのには、内政と外交の両方の理由がある。内政的には、麻生、与謝野による事実上の政権の乗っ取りがほぼ完成したのだろう。外交という点では、言うまでもなく、アメリカの強烈な意志が働いている。拉致問題解決を政権の柱としている安倍さんが、アメリカは邪魔になったのだ。言うまでもなく、ブッシュが金豚と手を握ることを決めたからである。ブッシュとの会談で安倍さんは、テロ特措法案を「対外公約」だとした。できないことを約束させられたのだ。」

それを読んだ2日後の今日の辞意表明。ううむ。まことに政治というものは、まぁ世の中のほかの森羅万象もそうだけれども、外から見てたんじゃ全然、因果関係なんてわからないものだね。ここに書いてあることがどこまでホントかなんて自分では確かめようもないけど、なかなかどうして、読みごたえあります。
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by emit9024 | 2007-09-13 00:17 | 日々つれづれ