だよねだよねシロだよねー

んだよ、やっぱりシロ野立やーん!

最終回の今夜は、冒頭からいかにも芝居が始まってる空気ムンムンだったので気楽に見つつも、野立=竹之内さんが撃たれたあとのCMで、さすがに不安になり夫に揺さぶりをかける。

「ちょっと! これでも野立はシロか?! あの血もボス猿芝居ってゆーと?!」
平和楼で旨い中華料理とショウコウ酒を堪能し、ホロホロの夫、曰く
「心配すな。あれはオーロラソース」
えーっ、ケチャップですらなく?!

まぁそのCM明けからラストまでは、思う存分ふざけ倒されたよ。しかしそれでも「なめんな!」とか思わないんだから、これは制作側の思うツボ的に、めっきりきっぱりドラマの世界に取り込まれてたわけですよ。
今朝は我が家に思わぬ事件が起きた。その現場はもちろん会議室なんかではなく、トイレ。。。
夫が使用したのち、突如として、水が止まらなくなったのだ。
我が家の水道代および地球環境(しかも我が町、フクオカは渇水になりやすいんだってば!)を考えれば、へらへらしてはいられんが、排泄物が流れないことを思えば、まだ精神的にラクだ。。。

んな事情で、夫は責任を感じ?朝からトイレにこもっとタンクなど開けて奮闘してたが、私はのんきに「めざましテレビ」を見ていた。

当然ながら天海祐希さんがゲスト出演。
「大ヒットおめでとうございます!」
「いやーこれは、スペシャルとか続編とか映画とか、、、!」
と、画面のこっち側たる我々がドン引きするくらいのめざましファミリーのはしゃぎっぷりだったわけだが、まぁあの人たちのほとんどがフジテレビの社員だと思えば、自社のドラマ番組がこうも支持されてるって事態に、白々しいまでにノるのもわかる気はした。

ともかくも、このフジらしい刑事ドラマ、楽しませてもらった。3ヶ月間、楽しかったよ。

ところで、ドラマの最終盤で地震がきた。
震度5強を記録した福岡西方沖地震から、早5年くらい? あのころは余震もたびたびあって、一人暮らしだった私は当然に怖い思いをしていたものだが、今夜はほんとに久しぶりの揺れで、グラグラしたのは、ものの10秒足らずだったとはいえ、びくっとした。我が家は9階且つこのマンションの最上階だからか、震度3との発表に比してけっこうな揺れを体感したのだ。
それから二時間あまりが経つが揺れはありません。でもちょっと怖い。

今夜は昨日に続いて7キロ走った。
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# by emit9024 | 2009-06-26 01:14

輝かしい才能、神に祝福された人

宇多田ヒカルのアルバム『Heart Station』が、すんごくいい!!

2008年春のリリースだから、何を今更、てな話だが、つい先週、初めて聴いたんですよ。

一聴してると、何となくサラッとした手触り。
前半にはシングルとして発表された曲が固まってるせいもあるだろう。
しかし後半はなかなかドラマチックな展開。
聴き終えて、ちょっと打ちのめされた感があった。
こんなの作っちゃうんだー。すごすぎる。

重みや鋭さ、アートな感じは前面に出されてないの。前作『Ultla Blue』や、さらにその前の『Deep River』に比べると、かなり軽やかでキャッチーでポップ。
ドラマ『ラストフレンズ』の主題歌として、あの重苦しく濃厚な世界観づくりに大きな役割を果たした『プリズナー オブ ラブ』(←スペル綴るのがめんどくさくなったのでカタカナ表記)を擁していても、
アルバム全体の軽やかな流れは途切れることなく、とてもスムースに進む。

その“軽さ”は決してチープでなく、上着を脱ぎ捨てたような、長い髪をバッサリ切ったような、まるで幼虫が羽化したみたいな鮮やかな印象。

歌詞カードとか見なくても耳に直接飛び込んでくる歌詞は、さみしげなもの、拭い去れない孤独感を表したものもチョイチョイある。
「悲しいことは きっと この先にもたくさんあるわ」
「憂鬱に負けそうな日もある」
「自分の美しさ まだ知らないの」
「何が欲しいかわからなくて ただ欲しがって」

でもこんな詞も散りばめられてる。
「もっと近づいて がまんしないで 少し怪我をしたって まあいいんじゃない?」
「くよくよしてちゃ 敵がよろこぶ 男も女も強くなきゃね」
「Monday to Friday 負けないで」
悲しみを大仰に歌い上げるんじゃなくて、それはあるにはあるし逃れられないけど、励ましに転じる。それもまた軽やかに、肩をポンと叩いて、「ま、がんばろうぜ、ボチボチ」て感じ。気張らんでいいけど、やらんとしょうがないけんな、みたいな。

サウンドも、相変わらず細かい光の粒子が舞い踊るような、ひだが幾重にもあるスカートみたいな繊細さにあふれてるけど、技巧とか前衛って感じはそんなになくて、あくまでキャッチー。
うん、やっぱり前作、前々作と比べて、低音の鳴りが小さくなってる気もするんよね。そういうアルバムつくりをしたんだろう。


この軽み。いろいろあるし、楽観なんてできないけど、それでいいやん。て感じの力の抜け方が、なんとも宇多田ヒカルの「今」っていうか、大人になったんだねー、ヒカルちゃん。て感じで、ほんとに胸打たれた。すんごい、しなやかさ。

優れた感受性と音楽性、そして「今」を生き続けてるリアル感にあふれてる。すばらしい才能! あと、こんだけのいい音が作れるだけの予算。いやー、予算の枠が大きいのも、彼女への絶対的な期待と信頼感あってこそだもん。彼女の音楽聴いてると、“音楽性と人間性は別もの”なんて思えない。高らかに訴えなくても、間違いなく精魂こもってると思えてしまう。デビューして10年経つのに、少しも色あせない。クオリティが下がらない。同じ時代を生きてることを幸福に思わせる希有なアーティストだ、宇多田ヒカルは。

ちなみに宇多田ヒカル自身はこのアルバムについて、「潔いアルバムになった。小気味いい感じ」と語っているそうだ。うんうん。それもすばらしい表現! 

でも、この希望を散りばめたアルバムで最後に歌われるフレーズはこうなんだよね。
「誰もいない世界へ 私を連れていって」
・・・・・。
ちょっと、ぞくっとするんだよね。深い。

いやー、こんだけの文章(スペース含めてだが3,000字近い)を携帯でしこしこ打ったのだ。
このアルバム、引いては宇多田ヒカルに対する私の感動と情熱や如何に、てなもんである。
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# by emit9024 | 2009-06-24 22:53

しず夫妻とか梨木さんとか

とんとネットがつながらず更新が滞っております。順調にいけば今週末には新しい接続が作成されるはずだが、ようわからん。

しかしネットしないと時間ができるっていうのがよくわかる気がするこのごろ。そうやってできた時間でやってることといえば、本読んだりDVD見たりとかでいつもの延長線上なのだが、見たい読みたいにキリはないので時間が増えた気がしてちょっとうれしい。

あとは、読むものの選別が課題だなー。やっぱり図書館デビューするべきかな。専門書、というレベルに達するのは無理でも、新書みたいなのより、もうちょっと踏み込んだ書籍をいろいろ読んでみたいんだよね。書店に流通している小説がメインだった私の読書生活に、ちょっとした方向転換を加えたい30才の夏だ。
そんなよもやま話(?)はさておき、土曜日は友人・しずりん夫婦が帰福したので待ち合わせ。彼女のお兄さんの披露宴帰りでかなりのエネルギーを消費してきたはずの彼らなのだが、疲れ知らずのしゃべりをえんえん4時間ほど披露してくれたよ、ありがとう。ふたりと別れて入った2軒めの店で夫、「いやー、似合いの夫婦だったな、、、」としみじみ。

案の定飲み過ぎた我々、翌日は完全に省エネモードでごろごろ。「深酒&夜更かし→ごろごろ読書三昧」みたいな図式ができあがっている私の土日だが、これがけっこう満足度高いので改善の見込みはない。「夏休みは何すんの?(けっこう長いしどっか行くか?)」と夫に聞かれ、「そんなの、ごろごろし倒すに決まっとるやん!」と元気に即答した私だ。

読んだ本のことを少し。梨木香歩のエッセイ『ぐるりのこと』(新潮文庫)、一見とりとめのないような思考がつながり、みるみるうちに深化していくのは梨木さんエッセイならではの味わい。本当に真の知識人だよなーって思う。amazonの書評では「知ったかぶりの上から目線」みたいなこと、ばっさり書かれてあったけどね。マニア的な興味の対象をもたない人がそういう感想を持つのは、まあ、わからんでもない。

歴史や風俗、そして植物や菌類に至るまで、この人の知識はすごい。しかも洋の東西を問わず、古代から近現代に至るまで本当によくご存じだし、それらは机上ではなく留学や旅行、フィールドワーク、そして彼女の生活そのものを通じて貯えられたものらしい。そんなさまざまな知識を通じて、この世の中のことを「深く深く考える」ことの大事さについて、これまでのどの本よりもはっきり言及してあって嬉しかった。私も30代のこれから、世の中のすべてを、、、というのはとても無理だが、自分に興味のある分野についてはもっと深く掘り下げていきたいと思っている。

それにしても2年くらい前からこの人の著作が本当に好きだー。20代後半に出会った作家でもっとも感銘を受けたのがこの人かも。『西の魔女が死んだ』はベストセラーになったけど、私がこれまでいちばん感動したのは、昨夏に読んだ『村上エフェンディ滞土録』、次点は一昨年の春?に読んだ『春になったら苺を摘みに』である。で、思うに、「西の魔女」ほど取っつきやすいものは、この人は当分、書かないんじゃないかという気がする。売れたいとか全く思ってなさそうだし、担当編集者さんも、この人に関しては商売ッ気を出すのをあきらめてる気がする。『ぐるりのこと』を読んでもつくづくそう感じた(その割に、私が買ったのは第3刷だったので、やっぱ好きな人は好きなんだなーと思った)。私は梨木さんがこれからもっと気難しげな作品を書くのも楽しみだ。
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# by emit9024 | 2009-06-22 12:40

腕前拝見、といこうじゃないの

先週の予告からイヤ~な予感はしてたけど、ほんっとうに野立さんがラスボスなの?!
視聴者のミスリードを誘っていたずらに煽る演出だと思いたいんだがな。
信じてた人が実は、、、て展開は、ものすごく後味が悪いぞ。そういうの味わうために3か月も見続けてないぞ。
かといって、ここまで煽って『やっぱり野立さんは正義の味方でした』ってふうにもってかれても、『てめぇだましやがってー!釣り針太すぎなんだよ!』て怒りは禁じえないしな。
このドラマらしく、カタルシスのあるラストをどうやって作ってあるのか、来週を楽しみにしよーじゃないの!!ボキボキ←指を鳴らす

あ、『BOSS』の話ね、ここまで。

今夜もネットに乗れないので、携帯から更新してます。怒濤のごとく、女子高生のごとく、両手の親指で打ってるぜ。

今日の福岡は堂々の真夏日(体感による断定)。帰宅後、汗だらだら目に入れながら走った。35分地点で、耐えきれず自販機に突進。水のペットボトル片手に持って残りの道程をゆく。500ML以下の重量だというのに、は、走りにくい。。。
中3日あけたけど、やっぱり途中から右膝の外側が熱く重苦しくなった。8キロで終了。ま、これからが夏ランの本番。距離やスピードに固執せず、楽しい気持ちいいと思える範囲内でぼちぼちやるのがよかろうね。

夕飯はタローチャーハンであった。中途半端に残ってたレタスや大根の葉っぱがちゃんと入ってた。そして夫をエラいと思うのは、苦にせずにんじんのみじん切りをやってのけるところ。玉ねぎとかより、よっぽどめんどくさいと思うのよ。
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# by emit9024 | 2009-06-18 23:25

やっと繋がった

引き続き、我が家のインターネットの接続が悪い。悪すぎる。
ネットサーフィンはおろか、ブログをUPするのもひと苦労だ。
夫は既に現在のプロバイダの解約手続きを済ませたという。別のところに乗り換えるそうだ。

さて、昨日は夫の会社の方々と飲み会だった。当然、夫もいたよ。
なんか、必要以上に盛り上がった気がする・・・。
相変わらず、飲み会における己のお調子者っぷり(つまり飲みすぎ)に
やや自己嫌悪を感じる翌日の今日は、
久しぶりの!有休である。わーい。
どこかへ繰り出そうかとも思ったが、結局、読書中心の1日を満喫することに。

『風が強く吹いている』は、あのあともう1回通して読んだ。
単行本という私の手の届かない状態にあるこの本を貸してくれたのは、だいちゃん(仮名)。
宮崎やら関門海峡やらのフルマラソンにも参加する、立派な市民ランナーである。
夫の同期で、昨日の飲み会にも来てたので、激しく語り合いたかったのだが、
いかんせん、他の方々もいたし、お互いに酩酊しており、深いところまで掘り下げるには至らなかった。

後悔を胸に、今日は作者・三浦しをんのエッセイ再読に励んでいる。
『夢のような幸福』に続いて、今、『乙女なげやり』の後半部分。
これ読み終わっても、うちの蔵書にはあと2冊控えてるぜ、三浦さんのエッセイ。
いやーほんとに、この人の読書オタク度といったらものすごい。
私も、本好きを名乗る(?)からには、ここまで究めたいものだが、
それには気の遠くなるほどの労力が必要だろう。。。。

本屋に行って単行本コーナーをのぞくと(普段は、どうせ買わないので、なかなか立ち寄らないコーナーなのだ)
まだ文庫化されていない三浦さんの本がいくつもあった。
精力的に執筆活動してるなー。
それでいて、連載エッセイによると、今でも死ぬほど本を読んでいるっぽい。
三浦さん、作家としてはまだまだ図抜けて若い。私のふたつ年上だから、32歳か。
人気もあるし、これからもどんどん作品は発表されるだろう。
あれだけ読んで書いてりゃ、作家としての力量もますます上がるに違いない。
末恐ろしい子・・・・!(北島マヤ?)

さて、読書にふける有休だとて、欠かせない外出はある。
昼間のうちにスーパーに買い物に行くのだ。
平日の昼間のスーパー。ちょっと専業主婦気分でステキ。
ふだんのあたしは会社の籠の鳥。
自由な空気を(家の近所のスーパーで)吸い込むと、つくづく、休みっていいな、と思う。

というわけで(?)今夜はカレーを作った。
今日も玉ねぎをたっぷり入れてやった。私は数ある野菜の中で玉ねぎがいちばん好きなのだ。
料理した後、手を洗ってもしばらく消えない玉ねぎの匂いすら、愛おしい。
玉ねぎを弱火でじっくり炒めることに関しては、日ごろのナマケモノぶりからは人が違ったように熱心で辛抱強いのです。
ああ、食べるの楽しみ。早く帰ってこい、夫。

!!!
再来年の大河ドラマの題材が発表されている!
『お江~姫たちの戦国~』脚本 田淵久美子。
うわーNHKっていつからこんなんなったの?
『篤姫』が成功したからって、中2年で同じ脚本家を再登板させるなんて。。。
しかしお江が主人公なら、登場人物は、淀殿、お初の浅井3姉妹は言うに及ばず、
秀吉、家康、信長の3英傑ももちろん出てくるだろうし、
秀忠、家光、浅井長政&お市夫妻とか、かなり有名どころがキャスティングされるな。
これからまた1年以上、配役をあれこれ妄想する日々が続く・・・。
『龍馬伝』の配役も、早く発表しておくれよ。
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# by emit9024 | 2009-06-17 19:29

風が強く吹いている

●金曜日

膝が痛い。右膝の外側。腸脛靱帯ってところね、きっと。
動かさないと何ともない。歩くと、やや強い違和感。
このまま走り続けると、いわゆる「ランナーズニー」ってやつになるわけね。kneeね。膝。たいしたランナーでもないのに、ランナーズニー・・・。はぁ。
モノの本によると、こういうときは練習を休むのがいちばんらしい。
走れない金曜日の夜・・・これは、飲むしかないか・・・。ふっ。
納豆チャーハンで夕飯をすませたあと、
ビール少々と焼酎の水割りをたしなみつつ、長いブログを書く。
4日連続(ボーナスの勢いってすごい!)で飲み会だった夫、へろへろになって帰ってくる。

●土曜日

夫はさすがに疲れて(大半、飲み疲れなのだろうが、、、、)ボーっとテレビなど見ている。
せっかくの休みなのに、どっか連れてけよーーーーー!
てなことは全くなく、基本的に土日の日中は互いに悠々自適で過ごす我々。
これで酒さえ飲まなけりゃ、どんだけお金が貯まることであろうか。

この日の私は読書に夢中!!!

『風が強く吹いている』(三浦しをん 新潮社)。

「竹青荘」なるオンボロアパートに住む変わり者集団の大学生10人が、
わずか1年足らずという無謀すぎる練習期間で箱根駅伝を目指す。

・・・と概略を書くと、
「ほうほう、あるよね、そういう、『素人軍団がすったもんだするスポーツもの』って」
って感じですよね。
うん、まあ、そうなんです。
よくあるといえば、よくあるアウトラインなんです。小説とかマンガとかドラマの世界では。
しかし、よくある話で、読者に新鮮な感動を与えるってのは難しいんじゃないでしょうか?

んもうね、面白くて面白くって、どんどん読み進むのがもったいなくって、
時々、ボーっとテレビ見てる夫にテンション高く固め技かけて奇声をあげたりする。
ドン引きしつつも律儀な夫は返し技をかけようとしたりするのだが、
「あ、やばい、こんなことしてる場合じゃなかった。じゃあね!」
そこはあっさり振り切って、また読書部屋(=寝室)に戻って一心不乱に読む。

もう、ツボがありすぎて、身悶えしながら読む。
途中からは、ところどころ、ジュワッと涙ぐみつつ、
「や、泣いてる場合じゃない。彼らの挑戦はまだまだ真っ最中なんだから!」
と己を叱咤激励しながら、読む。時々、にやにや笑う。

最後は、涙がシュバーッと、ほとばしるように出た。すんごく気持ちのいい涙が。出てすぐ乾いた。
素晴らしい読後感だった! 箱根を走りきった感じがしたよー!
そして、読み終わって、ひと呼吸、余韻に浸ると、
またソッコーで冒頭に戻って読み始める。
結局、この日、通しで2回読んだ。。。。燃えた、、、燃え尽きたよ。。。
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# by emit9024 | 2009-06-14 22:03

30歳の夏、間近

●火曜日
夜ごはんには焼そばを作る。
フライパンに鷹の爪とにんにくペースト少量を弱火で熱し、
香りが出てきたら豚ひき肉・玉ねぎ・キャベツを炒める。
その間に、中華麺の袋中央をあけて少しの水を入れ、レンジで40秒ほどチン。
具には中華だしと塩コショウで味つけをして、麺を加え、水を入れて蓋をして2分半ほど蒸し焼きに。
その後ぐるぐると混ぜながら炒め合わせ、ナンプラーをくるっと回しかけて出来上がり。
以上、書くほどのことなんて全くない、焼そばの作り方でしたー。

夫からは「軽く飲んでくる」とメールがあり、その場合の常として、
ろくに食べ物を摂取してこないとわかっていたので、2人分作っておいた。
案の定、「おなかすいたー」と帰ってくる陽気なほろ酔い男。
フライパンに入れたままにしといた残りのひとり分には、ごま油をまわしかけて再加熱。
ぺろっと平らげておった。飲んだあとの麺は美味しいよね。

●水曜日
ボーナス支給日。
全国的な景気の悪化により、経営陣も悪びれず(?)削減に踏みきったようだ。
だってだって3月決算には、前年度と同額の賞与引当金を繰り入れてたやーん!
余った引当金はどうすんだよー!
と、思わぬ展開に泣きべそをかくも、「貸倒引当金の原資にするらしいよ」と上司、あっさり。
くそーーー。

まあね。確かにこのご時勢、ボーナスが出るだけ有難いと思わねばならん、というのは分かる。
というわけで、一般従業員は全員1割のカットであることが通達された。
・・・・って、え?
課長以上の管理職のカット率は? 
というか、そもそも、役員報酬は? 減額しないの?
良心ある経営なら、普通、上から削るよね?
なんで上のほうに関しては非公開? 怪しいぞ!

そんなこんなで、先日書いた、「ボーナスで自分にごほうび」計画は頓挫。
だってポメラの価格よりも断然、減額になったもん・・・。

とはいえ、
「ボーナス入ったし、今夜は、若手でパーッと飲みに行くぞ!」と、同期男子から号令がかかる。
日本社会よろしく少子高齢化、人口逆ピラミッド現象、草食男子の増加が続く当社において、
営業実績も人望も抜群の彼、あっさりと10数人を集めてみせた。
しかし各人の経済状況を鑑みてか、非常にリーズナブルな居酒屋に落ち着く。ふっ。

人数は多かったが、酒が入るに従い、みんな適当に席移動を繰り返して、
それなりにまんべんなく絡み合う、なかなか楽しい飲み会だった。
同期男子が2年目、3年目といった若者相手に、
仕事論なんか語るのにチャチャを入れるのも面白かった。
30歳の我々は、この夜の年長者。
10人いた同期入社組だったが、今は3人きりだ(現状の男女比率=2:1)。
残った3人は、こういっちゃなんだけど、うちの社内ではけっこう活躍してると思う。
や、慢性的に若者不足なので、酷使されてるだけというべきか・・・。

ともかく、それなりの年季を積んできた同期が、年齢なりの頼もしさを備えてる様子を、
業務中ではなく、こういう飲み会の中で見るのは愉快だったし、
若手だけで社史や社内の人物評、業界や当社の将来像なんかについて
酒の勢いで話し倒したりなんかするのも、けっこう珍しくて新鮮だった。
ま、本当の若手(3年目くらいまで)の若者は、私たちすら年とりすぎてて、
こんな話も「つきあい」的、うっとうしいなーとか思ってるかもしんないけどさー。

大学を卒業して9年目。周りの同級生たち見ても、いろんな人がいる。
転職とか、資格をとってキャリアアップとかもある。
ほんとに好きな道を見つけて、途中から再スタートしてる子とか。
女子は、家庭に入って子育て真っ最中で奮戦してる子もけっこういる。
私はこの会社でずっと働いてきて、若手の年長組(?)になった。
人生ってほんと、いろいろだ。

さて夫、彼も(東京の会社に出向していた2年間はありつつ)ひとつの会社の10年選手だが、
ボーナスをもらって会社の面々と飲んで帰ってきた。
彼の会社は前年並みの支給。いいよねーっ、よっ殿様商売!(←ねたみ・そねみ・エミ)
や、いいぞ、その調子で、我が家の安定収入源となってくれ。

●木曜日
前日に続いて夫は飲み会。なんか良くわからんが、彼の慰労会らしい。
とはいえ部長主催、平均年齢50代ということで、
「なんか気がすすまん・・・」と、朝のエレベーターでこぼしながら出て行った。

なので私は帰宅後、走る。
10.3キロ、59分。
最初は体が変に重かったのだが、途中から調子が出てくる。
全身の筋肉と心肺機能とが一致団結して、ピントがぴったり合って、
あたかも風に乗って走っているような心地になってくる、あの感触。。。
だから走るのは楽しい。
ゆううつな仕事やなんかのアレコレが、汗と一緒にふきとんでいくような気がする。
なんて、さもいっぱしのランナーのように書いてるが、せいぜい、キロ5分50秒。
客観的に見ると、全然トロトロ走りに見えてるかもだが・・・
走るのはあくまで個人的行為だから、いいのだ。

帰宅後、とんねるずの番組で「食わず嫌い王」見る。
ゲストは、松山ケンイチさんと麻生久美子さん。
とっかえひっかえ出てくるスターたちのちょっとした素顔を見るのが好きで、
このコーナー、在宅時はけっこうよく見ているのだが、
この夜は、ことさらに萌えたー! 

公開中?の映画で共演しているこのふたり、
オフに麻生さんのダンナさんなんかも交えて韓国旅行とかもしたらしい。
ほんとに仲が良さそうで、自然なタメ口でしゃべり合ってて、すごくきゅんきゅんした。
もちろん、麻生さんは新婚さんだし、セクシーぽい関係には見えないんだよ。
ただ、なんか、女子のほうが少し年上で、だけど彼女は天然風味で、
男子のほうも媚びたりはしてないんだけども彼女をきれいなお姉さん的に慕ってる、
て感じがすごくすごくきゅんときたー。いいなあ、なんか、ああいう関係。

基本的に映画俳優としてキャリアを積んでる彼らは、テレビ的な芸能人然としてない。
まあ彼らの性格や、事務所の売り方によるところも大なんだろうけど、
食べっぷりもトークも、すごく、自然のままって感じ。
全然、飾ったところがない。

いかにも「スター!」みたいなオーラをまとってる役者さんもステキだったりするし、
バラエティで常に素顔をさらしてるようなタレントさんも面白いんだけど、
映画で見たら相当なオーラがあって、若手では本格派といわれる実力をもちながら、
ちょっとしたシャイさや屈折を悪びれず漂わせつつも、
芸能界には染まってないぞ、て感じが、ぐっとくる。
私と同じ年の麻生さんは、20歳でのデビューした「カンゾー先生」の頃から好きだったし、
松ケンさんはちゃんと演技を見たことはないんだけど、あの雰囲気、いいよなあ。

帰ってきた夫と一緒に『BOSS』も見た。
生瀬勝久がさすがのキャリアな演技を見せてくれて、ふたりして絶賛。
あと、玉鉄さんはやっぱり、このぐらいクールな存在感でいるほうが、映えるね。
必死になった演技は、まだまだ見てるほうが恥ずかしくなるわけで・・・。
このドラマもあと2話で終わりかー。時が経つのは早いわ。
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# by emit9024 | 2009-06-12 21:26

走ることについて語るときに僕の語ること

土曜の5キロ走、日曜日の10キロ走に続いて、きのう月曜日は17.8キロ走った。
いわゆるLSD(=Long Slow Distance)ってやつです。
こういう長距離を走るときの私のSlow Paceは、1キロ6分20秒程度。
ちんたらと行く道のりには、1時間52分35秒を要した。

長いよー、これは長い。
2時間ドラマとか、映画1本見るくらいの時間を、ひたすら(信号以外)立ち止まらず走るんだから。
i-podがなかったら、まず絶対無理だな。さすがに飽きる。

それでも、ここのところコンスタントに走る日々が続いていたせいか、走っている間は割と元気。
昨日の夜は風も涼やかだったので、途中の給水も必要なかったし、
10キロやそこらを走るときよりも余程ゆっくり走るので、息もきつくない。

約2週間前に16.2キロを走ったときは、終盤、あちこちに違和感があった。
途中で歩いたりすることなく、長時間にわたって全く同じペースで同じ動きを律儀に繰り返すと、
使っている筋肉やなんかが固まってくるんだろうね。
足首のまわり、太ももの前部分、膝、両脇の周りに、痛いのとも筋肉痛とも違う強張りを感じた。
(翌朝はもう何ともなかった。その程度ではある。)

ゆうべはそんなこともほとんどなかった。
やっぱり筋肉って使えば使うほど、それなりに鍛えられていくのかな。
目で見ても手で触っても、いまだ、「おーい筋肉、どこだい?!」
てな具合に貧弱な私の筋肉ですら・・・。

ほんと、人間の体って不思議だ。
私なんて、明らかにスポーツマン体型ではない。
まァもちろん、少なくとも今のところは肥満してるわけでもないけど、
お肉とお酒を愛する三十路女子的に、ポヨンとしてるところもイロイロとあるですよ(泣)
それでも、20キロ近くも走れるんだもん。
たぶん20キロまで走れるよ、今なら。
そんな可能性を感じるよ、このぽよんとした己の肉体に!

とはいえ、帰宅後の脱力感は、やはり相当なもの。
消炎目的で冷たいシャワーをひとしきり足に浴びせて、そのままお風呂に。
フルマラソンなんか走ると、胃腸にも相当負担がかかるというが、
私の場合18キロ程度でも、お風呂上がりに油っぽいものを食べようなんて気には、さらさらならない。

しかし、モノの本なんかによると、
長距離走による体内の鉄分やミネラル、塩分などの消耗はかなり激しいらしいので、
アクエリアスをがばがば飲んで、納豆ごはんと、葱・生姜・かつおぶしをたっぷり乗せた冷奴で栄養補給。
そして、満を持して発泡酒をあける。
もうその頃には、走り終わって1時間以上が経過している。
なのに、たった1缶飲むのに、30分以上かかった・・・。体がきつくて・・・。
てか、多分、飲まなけりゃ、あれほどきつい思いもしないんだろうが・・・。
走ったあとは、1本だけ、ごほうびに飲みたいのよねん。ねねねねん。
飲んだあとはヘロヘロになって、
台所の片付けも夫にまかせて、転がって本を読むことしかできなかったですよ。

ちなみに一夜明けた今朝、筋肉痛を始めとする不調は、まったく無し。
今夜もまた走ろうかな、ってぐらいだった。雨が降ってきたから思いとどまったけど。
ま、昨日で3日連続走ったわけだからね。
急に激しい運動負荷をかけると、女子の場合、生理が止まったりするらしいからね。
夢中になるのもほどほどに、てとこですね。


それにしても、こんなふうに、退屈なぐらい長い時間をひとりで走ることは、
はたから見ると「何が楽しいのよ?!」て感じなのだろうが、
なんでこんなことしてるかっていうと、やっぱり楽しいからなのだ。

モノの本によると(モノの本などを読むのが好きなわたし。)、
走ることで、麻薬のような(!)働きをする、『エンドルフィン』とかいう脳ホルモンが分泌されて、
疲労感を和らげたりしてくれるんだって。
ま、そんな難しい話じゃなくても、基本的に屋内で、しかも大部分の時間を座って仕事してる私、
トコトコと走ることによって血液循環が良くなったりして、気持ちいいってのもあるんだろうね。
いわゆる、「ランナーズ・ハイ」て奴ですな。

それに、日々、走り続けることで、筋肉や心肺機能が向上していくのを感じるのもすごく面白い。
最初は連続では2キロしか走れなかった自分が、
何年か経ったら10キロを普通に走れるようになって、それに要する時間もだんだん短くなって、
今や、もっと長い距離でも楽しく走れるようになるってこと。
ランニングに関しては、「まだまだ“伸びしろ”がある」って単純に思える。
30歳を過ぎて、こんなふうに楽しめるスポーツって、いいよね。
しかも、相手を探さなくても、特別な用具や場所がなくても、ふらりとできるのがランニングだもん。
(逆に言えば、淋しがりやな人とか、勝負を楽しみたい人には不向きなんだろうが・・・)


で、前回の記事や、その前にもブログで何度か書いた、
村上春樹のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』。

これが本当に面白い本で、発売以来、何度も読んでたのに、
これまでは、

「ランニングが、村上春樹にとってどんなに楽しいか。
 春樹の作家人生にとって、いかに有益で、欠くことのできないものか。
 ランニングによって肉体を向上させることが、彼の小説家としての能力をいかに支えてきたか。」

という視点に重きをおいて読んできたように思う。
もちろん、その読み方も間違ってないとは思うんだけど。

しかし先週末に久しぶりに読み返した私が、このエッセイから感じたのは、

「肉体の『老い』とどう向き合い、受け容れていくか。」

ということだった。

もしかしたら・・・じゃなくても、炯眼の読者なら、
あるいは、これを書いたころの春樹さん(50代後半)と年の近い人が読んだら、
始めから感じたことなのかもしれない。


春樹のライフワークともいえる「走ること」を通して、
彼が初めて「自分の人生」たるところを、真摯に正直に著したのが、この本だ。

でもその中では、
「走るのって、こんなに素晴らしいんですよー、健康にもいいですよー、レッツラン! エブリバディ!」
なんてことは一つも書いてない。

春樹は(この本を書いた時点で)23年間も走り続け、その間、毎年、最低ひとつのフルマラソンレースを、
その調整のためにハーフマラソンや10キロレースなんかもたくさん走ってきた。
フルマラソンを自分の目指すタイムで走りきるために、1ヶ月に300キロ以上(!)走って練習しているらしい。
仕事と家庭(育児とかしてないけど、いちおね)をもっている私なんて、
1ヶ月に100キロも走ったら上出来だと思ってるのに。
春樹は、明らかに、市民ランナーレベルでは、かなりの“シリアス・ランナー”だ。

しかし、この著作の中で、そういう「ハードに走る自分」を自慢してるふうな印象も、まったくない。
それは、日本を代表する作家としての春樹が、
羞恥心や自意識というものを、巧みな文章で覆い隠しているからだと何となく思ってた。

でも違った。

「こんなにも走り続けて、走ることによって自分を支えてきた村上春樹が、
 いかにして、走ることに挫折してきたか?」
というのが、この本の主眼だった。

確かに、走ることは長い間、彼の作家人生を支えてきたこと、
肉体を磨き続けることによって、作家として人間としての精神を磨いてきた、
ということも、丁寧に誠実に書かれている。

しかし、どんなに地道で緻密なトレーニングをしても、フルマラソンのタイムが上がらなくなって、
ウルトラマラソン(12時間で100キロを走るという過酷なレース)や、
トライアスロン(当然、水泳と自転車を含む)、スカッシュなどをやってみたこと、
その挑戦や、その過程における苦しみについて、この本では多くの言が割かれている。

『どちらにしても、肉体はいずれ衰え、滅びていく』
こんな言葉が、作中には何度もフレーズを変えて繰り返される。

若い頃、「45歳で『サティスファクション』を歌うなんてありえない」
と豪語していたミック・ジャガーが、60歳を過ぎた今でもその歌を歌っていること。

若い頃、同じコースで練習していたオリンピックのマラソン代表候補選手が、
代表選考を待つ前に、交通事故であっけなく亡くなってしまったこと。

50歳を過ぎた春樹のランニング練習を軽く追い越していく、
輝かしい将来を背負ったハーバード大学の陸上部の女子新入生たち。

海での泳ぎには子どもの頃から慣れていたのに、トライアスロンのレースに臨んで、
パニックによる過呼吸を起こして棄権してしまったこと。

さまざまなエピソードを通じて、彼は自分が拠り所にしてきた「肉体を磨く」世界における、
「挫折感」を表現している。

けれど、彼はいつしかそれを受け容れていく。
「肉体はいずれ衰え、滅びていく。
 そのときには精神もろとも、自分という存在は、消えうせていくのだろう。
 それはそれで、仕方のないことなのだ。」
というように。

それでも、春樹はまた、真剣に走ることを始める。
「健康で長生きするために走るんじゃない。
 いつか終わる人生ならば、それが存在している間、できるだけ有意義に過ごしたいからだ。」
というようなこと(せっかくの名文を勝手に要約してすみません・・・)を、彼は書いている。

そして、トライアスロンのバイクには、
冗談めかして「18 years 'til die」(死ぬまで18歳)というフレーズのシールを貼り、
「自分の墓碑銘には、『少なくとも、最後まで歩かなかった』と刻んでほしい」
という最終章で締めくくっている。

そこに至って、読者たる私たちは、起伏に富んできた彼の人生が、
新たな側面を迎えても、静かに、しかし希望をもってこれからも続いていくんだ、
ということを、そこはかとなく感じて、
何かしら励まされたり、温かな、幸福な気持ちになって本を閉じるのである。


この本の再読了後、春樹が2000年シドニーオリンピックを取材して書いた『シドニー!』を、
これまたいったい何度目だ!?という再読している。
この本では、彼自身について書かれた前述のエッセイ本よりも、
さらに明白に、「挫折」について書かれている。

輝かしいオリンピック、幾多のメダリストを称えながらも、
このオリンピックに出場できなかった有森裕子や、あえなく途中棄権した犬伏孝行を中心に据え、
「とりあえずの勝負に敗れた人々」について思いを馳せて、
その人生の再生に寄り添おうとしているように読める。

『もちろん僕は勝利を愛する、勝利を評価する。
 でもそれ以上に、深みというものを愛し、評価する。
 あるときには人は勝つ。あるときには人は負ける。
 でもそのあとにも、人は延々と生き続けていかなくてはならないのだ。』

そこには希望があり、
エルサレム賞の受賞スピーチで、「常に卵の側に立つ」と言った春樹の精神を感じる。
それは自らの肉体をとおして獲得した彼の真実なんだろうな、
と私は思う。

アイモカワラズ発泡酒飲みながら(そして途中、飲み会帰りの夫を迎えて)のグダグダ文でした。


役に立つのかわからんけど、酔っぱらいながら、自分のブログを参考エントリに引いておきます
moonshine---the other sideより
2007年11月15日『フルマラソンのように続く』

2009年1月31日『村上春樹なる存在』

2009年2月16日『春樹、エルサレムで講演す』

2009年2月18日『エルサレム賞授賞式の春樹についてもう1件』

こんなに言及しておきながらも、空前の勢いで売れてる『1Q84』を読む予定はない私だ・・・。
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# by emit9024 | 2009-06-09 22:41

I devote my song for you forever

●木曜日
新しくできた焼肉屋へ。いわゆる高級焼肉。お酒は赤ワインがデフォルトでしょ、みたいなお店。会自体はとても楽しく、おおいにしゃべって飲んだのだが、家に帰ってから相当部分をもどした・・・。やっぱり胃腸の具合が悪い? てか、焼肉を大量に食べることが可能な年じゃなくなったのか?

●金曜日
帰宅後、思いあまって(?)2時間ほど爆睡。起きて納豆ごはんとはちみつトースト食べる。昨日DVDに録っておいた『BOSS』を見る。ついに玉山さんの過去が明らかに! しかし・・・私の「イケメン三銃士」の中で、現時点における玉鉄さんの演技力はほかの二人(長瀬ともや、伊勢谷ゆうすけ)の遥か後塵を拝していると言わざるを得ない。がんばれ! 玉鉄さん。

●土曜日
重い体をひきずって朝から美容室へ。行くまでは憂鬱だけど、行けば楽しいそれが美容室。もう5年以上通っているので担当のスタイリストさん(ここを始め、5店舗ほどを手がけるオーナーでもある)とも仲良しなのだ。彼は私と年が2歳しか変わらず、また私より1年ほど前に結婚していてお子さんはまだ。なかなかズバズバとした健啖をふるうんだけど、さすが接客業、ツボを心得ているので会話も心地よし。のびきっていた髪をけっこうバッサリ切ってもらった。すっきり。

夜はゆうきちゃんと待ち合わせてパスタ屋さんへ。彼女、見事なキャリアアップとなる転職を果たして来週から出勤することになる。「この業界も募集はだいたい30歳まで。これが最後のチャンスだと思ってがんばった、本当にほっとした」という言葉に、親友の私も感無量だ。自分の道を自分の力で切り開いていくことのできる人。もちろんそれは簡単なことじゃなくて、むしろ満身創痍といってもいいくらいにがむしゃらにやってきたからこそ、九州では業界最大手といってもいいくらいの会社に今回採用されることになったのだろう。ゆうきちゃんは今度の職場でも必ず認められるだろうと私は信じる。これは、友達だから信じたい、というのとは違って、彼女のことをよく知ってる人間として、成功を確信するものだ。

とかなんとか固い話はそこそこに、カラオケになだれこんでわーわー歌った。楽しかったー。

●日曜日
今日は1日ごろごろする、と決めてごろごろ読書。

ラン友から、「『村上春樹は小説よりエッセイ』というのがわかる気がする。夢中で読んでます」とメールが届く。私と同じように、かつて春樹の小説を読んで「これは向いてないかも」と、以来長いこと彼から遠ざかっていたというその友人に、先日、『走ることについて語るときに僕の語ること』を誕生日の贈りものとして手渡していたのだ。自分の好きな本をプレゼントするというのは、お節介の極みのようでなかなか気が引ける行為だが、もともと本が好きで、そして走るのも好きな人なら、これを読んで必ず思うところがあるはず!と、勇気を持って鼻息荒く贈ったもの。メールを見てうれしくなった。そして、自分もまた読みたくなったので、かれこれ5回以上はもう読んだその本を、再び読み始めて一気に読了。

ああ、なんて滋養にあふれるエッセイ集だろう。彗星のように文壇に登場して、以来、停滞することなく多くの出版物をベストセラーにしてきた経歴から、天才肌の文豪のようなイメージもある村上春樹だが、彼の数多いエッセイを読むと、絶え間なく肉体を鍛えることによって精神をとぎすまし、そこから、とんでもなく確かな言葉選びによって文章を紡がれているんだなあということがよくわかる。彼は勤勉なアスリートのような作家なのだ。でも、決して、僧侶のようにストイックではない。彼の人生は自分で選んだことをコツコツとやってきた人がもつことのできる、確かな喜びや楽しみにみちているように思える。そういう人生を歩みたいものだ、と、30歳の私は考えるのであります。

で、さっそく、自分も走ることにする。今日は10キロ。(ちなみに、土曜日も30分、5キロ走った)。今年の初めから定番にしたコースを、ここ1ヶ月くらいで3キロほど広げた新しい周回コース。今日もなかなか楽しく走れた。ラスト600mぐらい、っていうきついところで、「i-podのシャッフル機能さんよ、ここで何か一発、ガツンとくる曲をお願い!」と念じると、流れ出したのはPLAGUESの『最後のハイウェイの夢』だった。おおお! なんと気の利いた選曲。i-podの神さま、ランニングの神さま、ありがとう。

「この世界への僕の小さな ありふれた夢だけで
 君をうしろに乗せて どこまで僕はいけるんだろう?」

息が荒くなりすぎないように気をつけながら、音楽に耳をすませながら、「この曲に出会ったのは18歳のときだったよなあ」とふと思った。そのころの私が、12年後に、i-podなんて機械でこの曲を聴いてじんわり感動しながら10キロランニングのゴールを目指してるなんて知ったらびっくりするだろうなあ。干支がひと巡りするほどの年月、そりゃあいろいろあったけど、今日もこうやって好きな曲を聴きながら走ってる。私はこの歌がずっと好きで、流行歌みたいに、ある時期だけバーっと聴いて忘れるのではなく、いろんなことがいろんなふうに変わっていく生活の中で、ずっと折に触れて聴きながらやってきた。走ることも、時々やけに夢中になったり、時々は飽きたりしながらも、誰に強制されるわけでもなく、自分で選んで、楽しく続けてきた。なんか、これは、村上春樹がエッセイで冗談めかして書く、『小確幸』(小さいけれども確実な幸せ)のひとつだなあと思う。これからも、たいして速くならなくてもいい、怪我とかしないように、好きな音楽を携えて、ずっと走っていきたいなあと思った。
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# by emit9024 | 2009-06-07 23:03

どしどし咬みくだく

ゆうべは日記を書いたあと、夫とふたりして焼酎の水割り片手に、彼の宿題に取り組む。
ディスカウントキャッシュフロー、現在価値に割り戻す、ということなどについて、
「サルでもわかる講座」を、わたくし・エミちんが開講。

なんでそんなに易しい講座かといえば、
私が人に説明できるのは、サルでもわかるくらいの基礎的イメージ部分しかないからだ・・・。

しかし、今夜、仕事(&飲み会)から帰ってきた夫、おおいにゴキゲンで曰く、
「ゆうべのエミッ子の講座で、俺の前には、ぺかーっと道がひらけた!」

この素直さが、彼の最大の武器だと思う・・・。
仕事関係について年下(私と夫は3学年違いです)の女から教わることにも、
変なプライドとかまったくないからね。

卑屈とか嫉妬とか屈折、みたいな言葉から、
いともたやすく遠い場所で生きてる男、それがタロー(夫)。
いい性格だなーって感心し尊敬するのと同時に、その素直さにすら、時折、嫉妬を覚える私の狭量さは、どうよ。

でもさー、こういう夫をもって生活してるうちに、なんか、自分まで、性格良くなった感はあるんよね。
これはほんとに不思議で、おもしろいことだ。
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# by emit9024 | 2009-06-04 00:25