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見いーちゃった、見ちゃった。

ども! 最近のこのブログ、キーワード「春画」検索でずいぶん引っかかってるみたいです。みんな興味あるんやーん。あんまりエロいこと書いてなくてごめんなさいね。公序良俗に配慮しております。

先週土曜日、大雨をものともせず本屋に赴きましたら、春画のムック本が目立つところで平積みになってましたが、最近ブームなんでしょーか? 人目もはばからずその本を手にとってめくってみると、んまあ! オールカラーであんな絵やこんな絵がモロ出しになってるじゃないですか。ど近眼のわたくし、顔をぐぐっと近づけて拝見しました。なんとすばらしい! 夫婦和合・家内安全のため、『家庭の医学』と同様に一家に1冊、備置すべきではないかと思料し、ぱっと裏表紙を見ると、2,800円也。むむむ。網膜にあんな絵やこんな絵を刻みつけて、そっと元の位置に戻しましたよ。

さて、今日は、思いもよらず仕事が早く終わったので、自転車のペダルも軽やかにこぎ帰り、さっそくランニング仕様に。
10日以上のブランクって久しぶりだ。期待と不安に胸を高鳴らせながらロードに進出。なんか今日、涼しかったよねー。へっぽこランナーの背を、夜風が優しく押してくれます。10分も走ると汗だくだけど。

9.9キロ、56分8秒。

走り終えてぜーぜーしながら平尾駅近くの交差点で信号が変わるのを待つ私を、酔っぱらいのおっさんたちは見逃しませんでした。「こんばんわ!」 はっ、誰? あんた。肩で息しながら、「え、仕事関係の人だっけ・・・?」とぼんやり記憶をたどる私に、「かあわいいねえ!」「顔が真っ赤だよお?」って、子ども扱いですか・・・。ちびっこだからですか・・・。初めてお会いしましたよね? もうお会いすることもないですよね?

変なおまけはつきましたが、やっぱり走るのはとても楽しいものなのでした。夏の間に腹筋背筋鍛えたい。

1週ぶりで見る『任侠ヘルパー』。ゲスト・山田優の顛末はぬるかったけど、そこに至るまでどきどきしちゃったよ。やっぱり面白い、このドラマ。見せてくれます。すさみきったつよポンの顔つきがたまりませんし、それほどの活躍もないくせに黒木メイサの存在感もたいしたもんです。音楽も効果的。あと、夏川結衣。いいねえ、この人! こういう役、珍しいんじゃないかと思うけど、かなりハマってる。
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by emit9024 | 2009-07-30 23:26

ふなのりのうた(?)

思うに、最近、心身共に、ちょっと疲れぎみなのかも。ぐるぐるどっかーん(@教育テレビ?)と消耗する出来事があったわけではないけど、水槽に澱が少しずつ溜まっていくみたいな疲れ方。激しく落ち込んだり怒りに燃えたりするのとは違う、微妙にけだるい感じ。あるよね、そういうとき。バイオリズムの低下っていうのかな、こういうの。あんまり深刻に考えると良くない気もするが、そういう状態なんだってことを認識はしておこう、って感じ。

こういうときこそ、軽いジョグで、とりあえずその日の疲れをリセットしたいんだけど、ここ10日ばかり走れてない。大雨だとか残業だとか休日の予定が詰まってたりだとか・・・(あと、飲み会とか)。ま、こんなときもあるよね。

とはいえ、最近、目に見えて残業は減っている。四半期決算作業の月は60時間ぐらい残業してたのが、今月は20時間に達するかしないかといったところ。要因はいろいろだ。部が適正人員になったとか、私を含めて各人のスキルアップや担当分担がうまくいってるとか、そもそも不景気なので案件が少ないとか。

プライベートな時間が増えるのはもちろんいいことだ。日中は仕事をがんばる。夜は、家族との団らんや、自分の趣味やリラックスの時間に充てる。そういう人間的な生活を営むってのも大事だよなあ、と思う。もちろん、仕事にせよ何にせよ、キャパシティを超えるぐらいのパフォーマンスによって飛躍的に成長するという面があることはよくわかる。自分も何年か、そういう日々を過ごしていたと思う。

でも、それを持続的に続けることで蝕まれていくものもある。あたりまえだけど、どんな事柄にもプラスとマイナスの面があって、その中で何を選んでいくかは自分次第だ。多いにせよ少ないにせよ、自分の仕事量を自分で斟酌することはなかなかできないので、あるていど受け身でいいんじゃないかなーと、最近の私は思っている。「もっとやらせてください!!」と言うこともできるのかもしれないけど、そうするとやっぱり現在の当社の空気では、いろいろと面倒だったりもするのだ。それを押してまで、というモチベーションも、今はそれほどない。

それに、10年近く(!)この会社で働いていて思うのは、まあうちの会社に限らないでしょうが、風向きや波の強さは、時とともに、いろいろと変化していくということ。今、それなりの平穏に甘んじていて、言い換えれば停滞という側面もあるのは感じているけど、それもいつまで続くかわからない。会社という船は、ベタ凪が続いたと思ったら、あるときから急に傾いたり、まったく違う岸を目指したりする。乗組員はそれに対応するしかない。同じ船に乗り続けることを選んできたのは自分だが、それは別に根本的な平和を意味してるわけじゃない。船は世の中という大海に浮かんでいて、波風にさらされているし、船頭しだいでどこにどういうルートで行くかわからないのだ。

。。。と、書きながら思ったけど、シロートが比喩を用いた文章を書くって、あんまり良くないですね。何が良くないかって、大仰になりがちで、かっこよくない。ムダに壮大な世界を作り上げる前に、この辺で船と海のたとえはやめます。

ここ数年、会社がプチバブルを謳歌していたのもあって、「こんなお給料じゃ、やってられない!」→「待てよ、こうなると私、もらいすぎかも・・・?」という心情を経験していたが、最近、残業が減ったというのもあって、「こんなもんかも。」と思うようになった。というと、なんか覇気がないみたいですが。

基本的に保守的な我が社。新入社員のお給料は、先行投資。定年も近い管理職の中には、今は比較的のんびりと過ごしている人もおり、経理部員としては、その期のPLの数字だけを見て、「コスト高すぎやろ!」と思うこともある。自分について考察すると、「今の自分レベルでなくても、できる業務もいろいろある。ただ、有事(?)になれば、やっぱり私、さばけるな。」と思う。のんべんだらりとする日があっても、何か事が起こったときに、「やるな、俺。」と確認したりする。

それができるのは、技能的な経験値がそれなりに貯まってるというのもあるし、年齢に応じた社会人としての責任感やソツない対応力に加え、プロパーならではの愛社精神もあったりするから。私でさえも(自分を買いかぶってるとしても)そうなんだから、いわんや、管理職をや。会社って、そういうものに対して報酬を支払ってる部分もあるのかなーと、このごろは思うようになってきた。

外資に代表されるような進歩的な会社は、とにかく折々における業績と報酬がきっちり連動してて、年功の概念で報酬を支払うことは皆無!なんだろうけど、これもまた、どっちのやり方にも一長一短あるだろうとは思うし、そのうえでどういう会社を選ぶかは、その人次第ってとこでもあるし。最近、部で購読してる「経営財務」で銀行業の会計処理の特集してて、それにも書いてあった。「近頃は、『貸して育てる』という銀行の伝統的な機能にもかげりが出ている」というようなこと。そうよね、旧来の日本的銀行にもいいところはあったのだ。

うちの会社、世の趨勢にしたがって、最近はめっきり緊縮財政なのね。私に限らず、残業する人も少ないし、営業もノルマ自体が下がって(つまりそれほど営業にもお金をかけられないので)、その分、賞与の総枠自体もかなり減ってる。つまり、全体的に報酬ダウンしてる。会社の人と飲みに行っても、仕事に関して明るい話題が少ない。はっきり言って、腐ってる人もけっこういる。

でね、自民党に、石破って人いるでしょう。今は農林水産大臣か。基本的に軍事オタクらしいんだけどね。テレビにもけっこう頻繁に出てて、やけに冷静なトーンで、気持ち悪いくらいに噛んで含めるような口調で持論をぶつ人。その話し口が、政局にとんと興味のなさそうな若い女子にさえ、「キモい!」なんて言われて人気なかったりするんだけど、私、この人のこと、前からどことなく気になっててさ。好きっていうわけじゃなくて、なんか、その落ち着き払いっぷりは何?て興味があってね。衆議院解散とかなんとかの最近の動きを探る中で、この人のブログがあることを発見。

そしたら、けっこう面白いことが書いてあった。

『ポストにあろうとなかろうと、そのときにある任を全うすべく日々精一杯努めるだけです。
 ポストに就かないときはそれこそ絶好の勉強の機会であり、むしろ喜ぶべきことではないでしょうか。
「何になるか」ではなく、「何をするか」が大事であり、
 そのための充電期間は十分に持たねばならないと思うのです。
 閣僚になってしまえば本当に勉強する暇など殆どないのであり、
 閣僚を一年務めるためには、最低それと同じくらいの準備期間は必要だ、というのが私の実感です。』

これが書かれた時節(自民党の都議選敗北直後)を考えれば、石破さんの政治家としてのいろいろな思惑を邪推したくもなるんだけど、引用した部分だけを素直に読めば、なるほど正論だし、世の中のいろんな事例に応用できる。

目の前に山があれば、上らざるを得ない。(あ、また下手な比喩が・・・)でも、とりたてて障害物のない平野に立っていていいよ、と言われると、不思議なもので、人間、逆に不安になったりする。そういうときに、どこを目指すか、そこへどうやって行くか、というのを自分で考えて歩ける人とそうでない人の差が出る。

こないだ、会社の飲み会でこんな話をしたりした。「へえーっ、確かにね。」なんて話になってさ。石破さん、よかったね。ちょっと自民党の好感度アップに寄与したかもよ?!

さて、私はどこを目指すか・・・? いろいろ考えたりしてる。そういう時期なんだろうな。考えることは無駄にはならない。と、私は思う。
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by emit9024 | 2009-07-29 23:01

料理スイッチは早めに押させて

19時半、仕事を終えて夫からのメールに気づく。残業で帰りは21時を過ぎるようだ。
帰る道すがら、料理の算段をする。この時間が大事。
スーパーに寄ったら、一目散に目的物へと突進する。帰宅したら、ひと息もつかずに台所へ直行。
効率良く、てきぱき進めるために頭でシミュレーションしつつ、モチベーションをあげておく。

逆に、
「今日は残り物と、あとは蕎麦か何かでいいか~」
「今夜は夫のほうが帰りが早そうだし、タロー食堂かも~」
ってときは、だらーっと弛緩した頭で帰るので、そういうときには、「なんか作って!」て言われても(言われないが)、そうそう幾品も作れる料理脳に切り替えられません、わたし。

明日は洋風なお弁当が食べたいな~と思ったので、、

・ウインナー(焼くだけだが)
・ジャーマンポテト
・マカロニサラダ

をせっせと作る自分を頭に描きながら帰宅。
日曜日、夫の実家でもらったじゃがいもやきゅうりを使うという目的もある。

帰宅して冷蔵庫をあけてみると、おお!
他にも、義父お手製の野菜、いろいろもらってたんだった。
庭の小さな自家菜園で作られるお野菜さんたちは、完全無農薬なので安心していただけるのだが、その分、足が早い。
朝摘みのきゅうり、帰る直前にもぎとってきたシソの葉など、すでにしなびかけている。
こうしちゃ、おられん。

急遽、
・オクラとシソ、おかかの和え物
・ナスとシソのカラシ和え
も追加した。

業務完遂する前に夫が帰ってきたので、ウインナーは焼いてもらいました。
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by emit9024 | 2009-07-28 22:13

遠回りしてくれる人 / 相変わらずの天地人

ここ数日、魚に特化した食事を続けていたところ、肉食の血がふつふつと騒ぎ出した。

『鶏の唐揚が食べたい。でも、スーパーのお惣菜とかは嫌なんだよねー。どう思う?
 他になんでも、食べたいものあったら言ってみてよ。
 とはいえ、私、今日も残業だけどさ。』

夫にメールすると、

『俺のほうが早く帰れそうだから、ケンタッキーで良ければ買っとくけど』

という返事。きゃああケンタッキー! 久しぶり!

うっ、そんなつもりで言ったんじゃないのに、やっぱり声なき声が聞こえましたか?
ごめんねえええ、今日は君の誕生日なのに!!!
言ってみれば小さな遠回り、小さな労力なんだけど、そういうのを嫌がるそぶりなくやってくれるってすごい。
自分がかなりのめんどくさがりなので、夫のこういうとこに、必要以上に感動してしまうのか?
いや、やっぱりきっと、一緒に暮らす仲だからこそ、こういう思いやり、小さな手間を惜しまないでくれるって、ほんとにうれしいものだと思う。

「この1年、きっといいことがあるよ! 神さまが君を見てる!」
1ピースずつを買うために、わざわざ天神に寄って帰ってくれた夫に、心の底から力いっぱい祝辞を述べた。

買っといたプレゼントを、「これで勘弁してくだせえ!!」的に頭を下げながら渡すと、無邪気に喜ぶ夫。
かわええ奴じゃのう。かわええのう。


『天地人』 第30話? 「女たちの上洛」

先週初めて、視聴をスキップしてみた。
1話見逃すと、ほんとにもうどーでもいいなー、時間のムダだったな、と思えてならんかったけど、ゆうべはちょうどごはんタイムに重なったので見てみた。

けっこう面白かったよ。
なんかいきなり、利休、切腹してたけど。
とってつけたような死亡フラグだけをちょこっと立てといて、その場に至るまでの縦糸横糸の絡みは何も描かず、いきなり大仰なバックミュージックに乗って大きな歴史イベントが起こる、というこのドラマのお約束パターンではあったけど、神山繁さんは、かなり利休の雰囲気を醸しだしてて良かった。

演出は、ここんとこ、割とまともになったのかも。
なんせ一時期は、「暗闇の中にスポットライトがあたる」とか、「信長が突如、安土城の屋根の上に立っている」とかいう、貧弱すぎる演出に度肝を抜かれてた(悪い意味でだよ!もちろん)からね。

脚本もなんと、先週あたりから、『脚本補佐』なる人があらわれたんだってね。
あまりにも評判悪かったんでしょうねえ。
それにしても、昨日の放送でもビビるセリフあったけどね。

天下統一を果たした秀吉によって、人質として妻子を京へ差し出すよう言われる諸大名。
その命を拒み続ける、上杉景勝の正室・菊姫(比嘉愛未)。

夫を愛するがゆえに離れ離れになりたくない、
それに、結婚して十余年、いまだ子どもに恵まれない自分が上洛すれば、
夫は側室をもち、そこに子どもが生まれれば、自分の正室としての価値は皆無になるであろう。
でもそんな気持ちを、夫は少しもわかってくれてない・・・!
という、ひとりの女性として、また、あの時代の大名夫人としても当然な苦しみでいっぱいの菊姫の気持ちに、
ヒロインの権限で(笑)ただひとり気づいているお船ちゃん(常盤さん)。
これまたヒロイン特有の美徳で、「私が京にお供しますから」と言い出す。

「何を言うのじゃ。 そなたには、小さな子がふたりもおるではないか。」
と思いやる主君の正室に対し、お船ちゃんったら何を血迷ったのか、慈悲深い笑みを浮かべて曰く、

「私には、頼りになる夫がおりますゆえ、だいじょうぶです。」

だよ。
えええええ!
夫との縁遠さに苦しみ、いっそここで自害してくれよう、とまで思いつめるお菊ちゃんを前に、
そのせりふは、いくらなんでも無神経すぎるんじゃないのかい?!

この場面での身も世もなくむせび泣く菊姫の演技が、なかなかどうして迫真に迫るものであっただけに、一気に冷や水を浴びせられましたよ。そんな私を置き去りにして、ドラマは感動のシーン(らしい)を続けていたが・・・。

そんなお船ちゃんは、第1子に続いて超リアルな出産シーンを演じていた、、、
や、そりゃあ出産は一大事業だよ。
この時代ならばなおさら、女は命をかけて子どもを産んでいたでしょう。
しかし、ほかのシーンの薄っぺらさとは、あまりにも対照的過ぎやしませんか。

「時代考証」「殺陣指導」「京言葉指導」などのスタッフがテーマ曲のバックにクレジットされるのは、大河ドラマではおなじみだが、なんとこのドラマ、「助産指導」までスタッフロールに名を連ねていたんだけど、なぜそこまで、この方面だけ本気なの・・・?

えーっと、いいとこも、もちょっと、書いておこう。
なんかちっとも、面白くなさそうな感想になっとるからね。

笹野高史さんの秀吉は相変わらず見ごたえある。
今週は、彼を真ん中に挟んで正室と愛妾が並んで優雅に火花を散らすシーン、良かったね。
賢夫人そのものの冨司純子と、天真爛漫な若きフカキョンは、まさに北政所と茶々(淀殿)が乗り移ったよう。
こういう短いシーンで雰囲気を出してくるところは、とても大河ドラマらしかった。
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by emit9024 | 2009-07-27 22:26

エキサイティング法要

今日は夫の実家にて、父方の祖父の十三回忌である。

先週金曜日に続くすさまじい豪雨の中、朝9時に出発。約1時間の車内では音楽を聴く気すら起こらず、ラジオでこの大雨の情報に耳を傾ける。福岡市内、城南区や中央区、博多区にまで、次々に避難勧告が出されている。樋井川や那珂川が危険水位を超えているらしい。

私たちが向かう篠栗は、先日の雨で県内でもトップクラス(という表現はおかしいが・・・)の雨量を観測し、悲しいことに行方不明になっている人も出ている。雨が降りやまないため、捜索もできない状況だ。実家に近づくにつれ、片側通行に規制されている道路もあった。天井を叩き打つ雨音、左右の車が跳ね上げる水しぶき。スリリングすぎる。

10時過ぎ着。実家の庭には既に何台もの車が停まっている。「うわー、みんな来とるよ、バカやねー」と夫。バカはないやろ、バカは・・・笑 しかし賢明にも(笑)参加を見合わせた飯塚の親戚などもあり。あちらも相当な雨に見舞われており、篠栗とを結ぶ八木山峠なんて多分封鎖されてるからね。

実家の敷地内には2棟の平屋が立っており、新しいほうは義父が建てた家で、夫と義妹はここで育った。今はふたりとも家を出ているので、ふだんは義父母が暮らしている。

もう1軒のほうは、義父が育った家。今日の法要のターゲット(不謹慎)の祖父は、亡くなるまでそこに住んでいた。途中、内装に手入れなどはしているものの、もう築100年にもなるという。特に豪華だったり贅沢だったりということはないけれど、障子を放つと2,30人はゆうに入れる広々とした畳敷き、それを囲むぐるりの縁側など、いかにも田舎の頑健な家屋という感じで、私は好きだ。今はそこにお仏壇があり、いつ行ってもお花や果物などが備えてある。

夫の父は長男ではなく、そればかりか末っ子なのである。その彼が長年、この家を守っているというのは不思議な気もするが、やはりどんな家にもいろいろな事情、なりゆきというのがあるのも当然で、そういう風雪(?)を淡々と乗り越え、子育てをし、両親を看取り、暮らしを営む夫の両親を、私はかなり尊敬していたりする。

末っ子に実家を任せているとはいえ、義父の兄弟仲は良好で、普段も何かと行き来はあるようだし、私たちの結婚式にもそろって来てくれた。今日も当然、夫の兄・姉3人と連れ合い、また、祖父の妹さん(88歳のおばあちゃんだけど、超元気だった!)、祖父の兄弟のお子さん(つまり義父のいとこ)など、5,6人欠席者が出たものの、総勢14人が集まった。この大雨の中、ねえ。

しかしそれはいいが、なんせこの天候だ。実家の目の前の公民館には避難してくる人たちが続々と結集しているくらいなのである。実家の電話は鳴りっぱなし。「道路がふさがってて・・・」という親戚に始まり、なんと、お経をあげにきてくれるはずの和尚さんまで来られないという。

ここで既に正式な意味での法要は断念せざるを得なかったのだが、さらなる問題は、その後の食事であった。人数が集まるというので、お寿司屋さんとお魚屋さんに鉢盛を頼んでいたものの、昼が近づくにつれて一層強まる雨足により、警察がこのあたりの道路のそこここを封鎖しており、店を出たものの道路で立ち往生しているらしい。向こうも商売だし、考えうるすべてのルートを試してくれているのが幾度もの電話のやりとりで分かるようだが、いかんせん、警察やら自衛隊やらがあらゆる道路に待ち構えているらしく、どうにもたどりつけない。

「この際、和尚さんはどうでもよかけん、寿司屋と魚屋だけには、がんばってもらわんといかんばい!」

などと、義父の姉が真顔で言うのには、「あ、あなたのお父さんの法要ですよね・・・?」と思わず確認したくなりつつも笑ってしまった。確かに、今は現世に生きる人たちのオマンマが大事だ。

このお姉さん、かなりのしっかり者で親戚一同のドン的存在、しかし自らが超働き者で、今日も疲れも見せずくるくると台所仕事などをこなす、バリバリの暮らしの実務家で超ユニーク。お義母さんも、「直方のお姉さん、お姉さん」と、ふだんから何かと頼っている様子。

しかし、そうこうしているうちにも、旧家の大きな古時計の針はてっぺん近くに。
「こうしちゃおられん! みんな、おなかペコペコで待っておらす。とりあえず素麺! あと、おにぎり!」
と、このお姉さんと義父が判断。

田舎の家らしく、いつでも有り余る食材を抱えている(お義父さん、畑で野菜も作ってますからね)この家なのだが、不運は重なるもので、こんなときに限って、素麺がない。私たち夫婦が、大量のお中元や贈答品の箱を片っ端からさらってみるが(こういう作業、面白い)、出てくるのはタオルや酒類ばかりで、素麺の箱がひとつもない!

「ちょっとお隣に行ってくるわ!」と義母。その迷いのない動きに、「さすが田舎の家だ・・・」と感嘆する私。ほどなく戻ってきた義母は、これまた笑っちゃうくらいの重量感ある素麺の箱を抱えていた。田舎、すげえ! 田舎ばんざい!

すぐさま、「給食?」てぐらいの大鍋に湯が沸かされ、義父が頭にタオルを巻いて素麺をゆがき始める。我が夫・タローも父譲りなのだろう、義父は、かなりの台所マスターなのである。その横で、ドン姉さんが素早く薬味を刻み、きゅうりとワカメの酢の物をこしらえ、めんつゆを作っている(ちゃんとかつおだしをとっていた!) 私とお義母さんは、おにぎり作りと食器の準備。あんなに大量に握ったのは久しぶりだった・・・。手がひりひりした。

とりあえずそんなもので、お客さんの腹をみたしてもらい、「さあ、もう帰ろうか。・・・つっても、この雨じゃ、帰るに帰れないのよね・・・」なんて空気になったころ、魚屋から電話が。敵もさるもの、車がダメならってことで、なんと男衆5人がかりで、歩いてもってきているらしい。さっそく、義父の男兄弟3人が立ち上がり、途中まで受け渡しに出て行く。と同時に、魚屋が来れるなら寿司屋だって来れるはず、とお義父さんがハッパをかけ、寿司屋も出動させている。

ぬるいドラマなんてメじゃないほどの息もつかせぬ展開の数々、それに巻き込まれて慌しく対応している自分が、申し訳ないけどかなり面白くてねえ。

「こげなこともあるったいねえ! 
 でも、天災やけん、誰を恨む筋合いのことでもないわけやし、よかやんね。 
 人生、何事も経験! なんとかすれば、なるもんたい!」

と勇ましい気勢をあげながら驚異の働きを見せるドン姉さんが、超かっこよかった・・・。

けっこう労働したので、驚くほど豪華な寿司と刺身の数々にありついたときは、かなり充実感に浸ってしまった。正直、お坊さんのお経やお説教を聞くより、親戚一同の結束を確認しあえたのではなかろーか。

「ったく、あのジイさん、生きとうときも大概の『山川モン』やったけど、十三回忌までも、こんなにみんなを振り回すんやけん、たいしたもんくさね!」

箸をつつきながら、ジイさんの子らが笑顔でぶつくさ言っていた。『山といえば川という』みたいなヘソマガリで有名なおじいさんだったようです。

いかんせん、いったんはあきらめて大量の素麺やおにぎりを出していたのと、欠席者が出たことで、頼んだ仕出しものはだいぶ余ってしまったのだが、そこは抜かりのない義父母、ちゃんとお持ち帰り用の箱を準備しており、折り詰めにする。取り皿や醤油の小皿、コップといった大量の食器や、ごみの処理も、主にドン姉さんの指示により、総出でてきぱきとなされる。ほんと、驚嘆すべきは、この家系、男たちが実によく働く。ドン姉さんのダンナさんも、妻が洗った皿を拭きあげるという作業を粛々と行っており、その下働きっぷりに、私、最初はこの人も、姉さんの弟かと思っていたほどだった。

最後には、義父母が用意した立派な引き出物(篠栗産の梅干や味噌、お漬物といった名産品の詰め合わせ)を手に、みなさん笑顔で引き上げていった。まさに記憶に残る法要といえよう。しかし、義父母は相当疲れただろうなあ。明日から寝込むんじゃなかろうか・・・・。

などと心配しつつ、無事に帰宅しましたよ~という電話を入れると、「あのね、公民館に避難してる人たちがまだいるからね、あまりものだけど今日のお刺身とか、いろいろ差し入れしてきたとよ。」などと言う。田舎の暮らしって、実は全然のどかなんかじゃなく、かなりパワフルなものなんだと思い知らされるのであった。
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by emit9024 | 2009-07-26 22:24

こんなに落ち着きなくていーの?


ここんとこの暮らし。

●7月21日(火曜日)

3連休明け。だるいよー。完全に、連休の(飲み)疲れが出てるよー。

しかし四半期決算の監査初日。
仕事も、、、ぐはーっ、仕事もやらねばならないのだ、社会人たるもの、、、
しかも30歳、、、甘えられる年じゃないのだ、、、
たとえ、やる気ゼロでも!!!

しかしダテに30歳までやってない!
ボロ雑巾(って自分のこと雑巾にたとえてどうする!)をふり絞って気力を捻出するのだ!

って、いったってーーー!!
始業前から、とあるミッションで、ひと仕事。
汗だく・・・。
くそー、OLのはずなのに・・・。
しかも、社内でする仕事なのに・・・。
なに、この汗の量!
ソッコーで着替えて制服をクリーニングに出したり。

夜は走ったみたいね。
くそ暑かった。
「んわっ、汗くさ! 風呂いけ、風呂!」
と夫に追い払われた。

●7月22日(水曜日)

週明け二日め。でも、火曜日じゃないよ、水曜日だよ。
ぐふふ、得した気分。

って、いったってーーー!!
仕事にかわりはないよ。
今世紀最初の皆既日食とかいってるけど!
見たけど!
仕事をすすめなきゃなのよ!

なんとか20時に帰宅。
残業は確実に減ってるよ、このごろ。
不景気・・・。
いいの。残業代に頼った生活は、もう卒業するの。

でも、お腹すいたよー!
夜ごはん・・・
のーっ、冷蔵庫に食料が乏しいよ! 週明け二日めなのに!
先に帰宅した夫は、既に一人分の焼きそば作って食べたあとだよ!

「しかも、ビールも1本も入ってない・・・焼酎も、あと1滴くらいしか残ってない、、、わーん!」
泣き(注:ウソ泣き)1歩手前。

夫「んしゃ! ビール飲み行くか?!」

いくいくー!!! 早く、服、着れ!

夫「待て待て、ぐるナビ検索・・・」

そんなヒマげな、なかと! 
安・近・短でとにかくビール! 肉!
平尾駅近くの『剛呑』に初めて入る。
馬刺しの店だ!!!
ビール!

すぐに機嫌なおり、衆議院解散のこととか、高校野球福岡県大会のこととか、夫相手に独演会。
県立修猷館高校が、なんとベスト4に進出なのだよ。
上司の母校でね、彼を始めとした我が社のOB陣、興奮しきっちゃってるよ。
公式HPで「学校の沿革」をクリックすると、
なんと西暦1600年(って、関が原合戦の年!)からその歴史が始まる、黒田藩の藩校だよ!
夫の母校、強豪、福大大濠高校も早々に撃破して、この日もサヨナラ勝ちしたのだよ!

●7月23日(木曜日)

また、20時前、帰宅。
夫、いない。

きのう、『剛呑』で食べた、きのこサラダが美味しかったので、再現してみるぞ!
けっこう上手くできたぞ!
しかも、けっこう大量にできたぞ!

しかし、夫、帰ってこない・・・。
さては、飲み会だな。あいつ。
こっちも負けじとビール飲んでやるー!

ビール片手に、春画について、連綿と書き綴るよ!(その記事はこの下ね)
ぬおっ、興奮してくるぞ!
春画! すんげーぞ!

夢中になって書くあまり、『任侠ヘルパー』見逃しちゃったぞ!
ネット巡りしてみたら、今週もかなり秀作だったみたいだぞ!
shit!!

●7月24日(金曜日)

いつもどおり自転車で出動しようとしたら、んおっ、雨降っとうやん!
雨の日は、10分は早く家を出ないといけないってのに・・・。
どーする? 俺。
電車か? 思いきってタクシーか?
お、バス来たー! ナイスタイミング!

って、道路、激混み・・・。
どこで降りる? 俺。
薬院大通りか?
わっ、i-podでマイケルの歌に夢中になって過ぎちゃったじゃないかよ!
薬院駅で降りないと会社と別方向に行っちゃうのよ、このバスは!

降りた!
乗り換え・・・って、駅のバス停、人、並びすぎ!
城南線、車がひしめいてる!
とりあえず渡辺通りを超えるには歩いたほうが速い!
ぎゃーっ、車、水跳ねしすぎ・・・・!

ぜえ。
渡辺通りを突破。
よし、バスだ。ここからは、それほど混まないしな。
って、バス、動かんやーーーん!
8時半って、こんなに混むの? 
遅刻1歩手前じゃねーかよ。

てか、何、この雨。
仕事の都合上、2つ隣のビルに、いろいろと用があるのよ。
2つ隣なだけなのに、足元びしょ濡れじゃないのよ!
大雨洪水警報、雷警報、強風警報、景気よく出まくっとるやん!
JRなんて、とっくに止まってるよ!
どーすんの、遠方から出勤してる残業諸君! 帰れないよ!

え、飲み行く? 行くの?
この雨の中?
本気?
・・・わかったよ、行くよ。行くよ。
夫も飲み会だって言ってたしね。

飲むんだったら語るよ!
真夏のランニングにおけるブラジャー問題とかね!
おっさん相手にね!
セクハラじゃないよ!
喜んでたもん、あの人ら!

はっ。
携帯見たら、親から何度も着信が入ってるよ・・・。
どーしたと?! なんかあった?!

『篠栗、大雨で大変なことになってるらしいよ。タローさんのご実家は大丈夫かいな?』
あらー。
タクシーで帰宅。夫、いない。電話。

「あ、俺まだ飲んでる。組合の飲み会。ほら、衆議院解散したし、これからイロイロあんだよ。
 実家? 大変なことになってるらしいよ。公民館に避難してるんだって」

「公民館って、あの、家の目の前の? 意味あんの? まったく同じ高さやん! つまり低地!」

「そうよねぃ。」

「ばか、早く帰ってきなさーい! こんなときにいつまで飲んでるの!」
(と、言いながら、帰宅後のクールダウン・ビール片手の私)

夫の帰宅後、篠栗の実家に電話。
両親、自宅に戻っていた。そうよね・・・意味ないもん。公民館と実家、徒歩1分だもん。

●7月25日(土曜日)

な、なんか、疲れたぞ・・・。
久しぶりに、正午過ぎまで寝たぞ。
ゆうべも夫がつぶれて寝たあと、延々とニコ動でマイケル見てたしね。
しかも、妙に悲しくなって、大泣きしたぞ。
あのペプシのCM、大人マイケルとチビマイケルの共演・・・・!
切なすぎるだろーがよ!

も、今日は俺、なんもしたくねー。
昼ごはん? どんべえ天ぷら蕎麦で上等よ。

夫、頭がもひゃもひゃになったので理容室に行った。
帰りに買い物してきてくれるって。
俺、寝とくよ。本読んでたら、また睡魔が・・・。
ちなみに、北原亞以子の本、読んでたよ。
今朝の夢で、再々来年の大河が、彼女の原作だってことになってたんだよ。

「今夜、ビールいる?」
「いらない」
「ほんと?」
「ワイン」
「・・・わかった。」

はっ。
夕方5時! 早っ。
本屋、本屋に行かなきゃ!
『Giant Killing』の最新刊、11巻が発売になってるんだよう。
いちお、その前に掃除・・・。
夫、帰ってこねーな。
どこで油売ってんだ?
てか、今日も大雨なのかよ!
徒歩5分の本屋に着くまでに、スカートびしょ濡れじゃねーかよ!

乾くまで、立ち読みしまくってやった。
夫に電話。
「ごめんごめん、床屋に行ったら、昨日の大雨ネタで、ことのほか盛り上がった。
 俺、今、駐車場。なんかあった?」
「ワイン、俺が選ぶ」
「じゃ、スーパーで待ち合わせるか」

「んわっ! まーた、思いっきり本買ったな・・・」
「重いってんだよ・・・。給料出たけん、つい買いすぎたよ」

(内訳:雑誌2冊「クーネル」と「ランナーズ」、文庫2冊「珊瑚の島で千鳥足」「御堂関白日記」、あと、白洲正子のカラー本)

「刺身ワカメ食うか?」
「ん、買っとけ。あと、今日は私が作る。あ、海老とイカは、そっち担当ね」
e0029965_232252.jpg

・海老とイカ、玉ねぎ、ピーマン、人参の中華炒め
・きのこサラダ(ベーコン、まいたけ、エリンギ、玉ねぎ、ベビーリーフ)
・オイルサーディンのパスタ
・刺身わかめ
・冷やした白ワイン

長瀬のドラマ・・・。気持ちいいほどにB級だ・・・。

『Giant Killing』、やっぱ面白えー!
主人公、達海の率いるETUのマスコットは、パッカ君!
モチーフはカッパだよ!
お皿が乾いたら死んじゃうから、洗面所にも行くよ!
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by emit9024 | 2009-07-25 23:22

誇れ、春画

何週間か前に読んだ本。

『春画のからくり』(田中優子 ちくま文庫)

その昔、大分県日田市を旅したときに、春画を見せてもらったことがある。
江戸時代、天領であった日田は大いに栄え、町人文化が花開いた。
そのころに集められた古式ゆかしい雛人形は、旧家に多く保存されており、毎春の公開のころには観光客を集めている。

町の観光協会が作っている観光マップを片手に雛人形を訪ね歩く中で、声をかけられた。
「いいもの見せてやるけん」

そこは、駄菓子屋だったか文房具屋だったか、子どもを相手にするような古く小さな店で、この時期だけ飾られているのだろうおひな様も、町の中ではそれほど豪奢なものではなかったように記憶している。
しかし、ささやかであるからこそ何となくひかれるお内裏様とお姫様を、熱心に(例によってオタク的に)見入っていたのだが、このように少々奇特な人間が見物に現れると、店番のおばちゃんはニヒヒ、という感じで、例年、手招きしているのだろう。

そのとき店内に観光客は私たちだけで、私と連れはおばちゃんに導かれるまま、長いのれんのようなものをくぐった場所に誘われ、するとこれまた古く年代モノらしい大きな机に、でーん!とそれが置かれていたのだった。

ゆうに幅1mは超えるかという、画用紙というには大きすぎる紙が分厚く重ね置かれており、表紙には
『春画:18歳未満は閲覧禁止!!』
と、でかでかと書いてある。

んおおお!
春画というものの存在は、歴史オタクとしては当然、既に知っていたが、もちろんナマで見るのは初めて。
予想外の展開に度肝を抜かれつつも、もちろん好奇心(という名のスケベ心・・・?)に胸を高鳴らせ、禁断の表紙をめくる。

す、すごい。すごすぎる。
大画面に描かれた男女の絡み。
その迫力といったら、フルハイビジョンで見るAVなんてメじゃないほどの生々しさである。
美術館で古き名画を見るのとも全然違う。なんせ、この手でページをめくっていくのだ。私と大・春画との距離はわずか数10センチ。

当時22歳だった私、百戦錬磨(?)のおばちゃんの前で、それらを凝視するほどの図太さはまだ持ち得ておらず(いま思うともったいない)、20枚以上はあったと思われるその絵の数々に、いちいち「んのっ」「ひょえー」「すんごい・・・」みたいに、小さな声と貧弱な語彙でもってのみ感想を述べながら、手早く見て行った。

衝撃的すぎて、あんまり詳細に覚えてないの。ほんと、もったいない。
とにかく、巨大な紙に、巨大な男女のふくよかな肉体と、その中でも完全に縮尺を間違えているとしか思えない、巨大な男女の性器が、極彩色で描かれていた、という印象。

私の驚きと羞恥の反応に、至極、満足げな様子でおばちゃんは、(この時点で、既に彼女は『やり手婆ァ』にしか見えなくなっていた・・・)ものものしく次のように解説してくれた。

「これ江戸時代に描かれたものなんだけどね、春画っていうのはね、
 家内安全や夫婦和合の縁起物として、その家の家宝として、
 代々、そりゃあ大事に守られてきたもんなんだよ。」

ほ、ほほぉー、なるほどぉ・・・。
としか言えなかった、かわいかったアタシ笑
「貴重なものを見せていただいてありがとうございました」なんて、
この上なく正しいような、しかし、エロ画像を見た後に、これほど間の抜けたリアクションもあろうか?
という丁寧な言辞をなんとかかんとか述べるので精一杯。
清冽で可愛らしいお雛様を見に来たのに、なぜ、こんなに脳天ぶち抜かれるような体験を????
という混乱は、その場を立ち去ったのちもしばらく続いた。


記憶を辿って書いていたら、思わずコーフンして(?)えらく前置きが長くなってしまったが、さて、この本である。

このキョーレツな体験のあとも、私の歴史全般への傾倒は続き、その中で、喜田川歌麿や菱川師宣、葛飾北斎といった巨匠を始め、当時の浮世絵師はほとんど全員といっていいほど、春画を描いていたことが判明。
しかも1枚や2枚じゃない。ひとりひとり、画集やシリーズが出来上がるほどの多作ぶりだ。

その理由として、当時の絵師は「紀伊国屋」みたいな版元の発注を受けて絵を製作しており、豪商たる版元は多数のクライアントを抱えていたわけで、現代の受注者と同様、それらの依頼には応えざるを得なかったのだ、と私は思っていた。
つまりは、富嶽三十六景やなんかで名声を得ても、それだけで食べていくことは難しく、いわゆる「生活者として、あるいは労働者として」の仕事が春画だった、ということ。
いつの世にもエロはウケる。

その解釈も大筋で間違ってはいないと思うのだけれど、この本を読んで、春画に対する新たな理解が、ぱーっと目の前にひらけた(こんなことを嬉々として書き連ねている自分もどうかと思うが)。

食うために、あるいはクライアントの要求のためにしぶしぶ始められたことだったかもしれないにしろ、名のある絵師たちは、春画に己の芸術家としての魂をこめて描いていたのだ、と、読後の今、きっぱり断言する。
いや・・・もしかしたら、やっぱり彼らも、嬉々として描いていたのかも。巨匠といえど、人の子、人の親。エロに興味がないわけがなかろう。

そもそもは、嫁入りする娘のために夫婦生活のなんたるかを教えるような、性教育の教科書であったり、男女の体のしくみを解き明かす医学書であったり、というのが春画の起源だったらしいのは、以前から知っていた。
で、あれば、当然の如く、その図は男女ともに裸体なのである。

しかし、春画文化の発達の過程を解き明かしていくと、あるころから、組み合う男女は着物をまとうようになる。

男子の場合、武家であれば合戦に赴く直前、鎧兜をびっしり身につけていたり、江戸の町人であれば、当時、粋とされた地味な紺絣や市松模様の着物であったり、不謹慎なことに、法衣をまとった坊さんもいる。
女子であれば、若い娘は華やかな着物を着ていたり、後家さんが地味な黒衣を着ていたり。

もちろん、春画であるからには当然、局所はあらわになっているのである。

著者が春画の研究を初めて発表したという『エロティックな布』という章で述べられているとおり、『源氏物語』に代表されるような平安のころから、日本の文学にテキスタイルの描写は不可欠であり、その人となりや物語世界を表現するために、これでもか、とばかりに「身にまとうもの」が克明にあらわされてきた。

春画という「画」の世界でもその系譜は受け継がれ、質感、量感ともに豊かな着物や、布々が形作る波打つヒダ、緋色の腰巻(当時の下着ね)によって、エロティックな雰囲気がかもし出され、その中にそっと息づく巨大な(笑)男女性器が、より生々しく、淫靡かつ神々しいものとして見る人の目に映るという。

ただおおっぴらに「見せる」のではなく、相当部分を「隠す」中で表現されるというのが日本の春画の特徴で、着物だけでなく、あるときには蚊帳、格子、几帳といった家具で隠されているものも多くあり、喜田川歌麿は「水面」で隠すという、巨匠らしい高等テクニックも用いている。(ちなみに、このとき女を犯しているのはカッパだ。)

「パンチラ」に代表されるチラ見をありがたがる性質が、日本独自のものなのか、人類共通のものなのかはちょっと存じ上げないが、このような性癖はお江戸のころから既に確立されきっていたのだろう。
オリンピックを開催することにこだわり続ける現都知事が、『太陽の季節』で鮮烈な作家デビューを飾ったのは50年も前で、文学少女(少女じゃない)を名乗る割に、未読の私だが、その作中で、シンタロー(あ、名前出しちゃった)が投影された主人公が、障子に己のものをブッ挿す、という名シーンがあることだけは熟知している。(なぜ・・・。)
戦後間もなくの文壇で、大いなる賛否両論を巻き起こしたらしいが、そんな図柄は、実は既に江戸時代、春画という世界で、ひとめ見るとわかる「画」として表現されていたのである。

文庫本なので小さなモノクロであるのは残念だが(笑)、作中には多くの春画が収録されており、そのひとつひとつについて懇切丁寧に解説がほどこされていて、感心するやら、むずかゆいやら。
250ページほどの薄い本だが、めくるめく春画の世界に誘われる、名著である。

いずれまた、「おひなまつり」ごろの日田にてあのオバチャンの店を再訪し、今度は目をらんらんと輝かせ、市井に残る春画を目に焼きつけたいものだ。
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by emit9024 | 2009-07-23 22:16

エリカ様、御覧になりましたか?

理科系に弱い私、先週末くらいまでほとんど興味すらなかった世紀のこの天文ショーだが、「部分日食」なるものとはいえ、福岡では90%以上が隠れるさまが見られるというので、多少わくわくして今日を迎えた。

夏とはいえ、日本海側特有の厚い雲に覆われたような朝の天気から、「こりゃ、だめばい。」てな気持ちでいたのだが、11時前、にわかに社内がざわめき始める。
営業マンたちが出動したあとに残された社内は恐らく50人にも満たない、それでも、やっぱり「日食メガネ」を用意してる人って、いるものですね。
かわるがわるに出ては戻ってくる同僚たちが、「見えた! 見えたよ!」と興奮ぎみに語るのを聞いたら、そりゃミーハー心も高鳴るってもの。
会社玄関を出ると、役員さん自ら、「あっちあっち!」と先導している(笑)

空港があまりに都会に近いので、福岡の街には超高層ビルというのがない。博多駅から徒歩10分以内の当社も、ちょっと歩くとすぐに観測スポット(?)が出現していた。

こういうときは部署の利害なんて忘れてシェアしようじゃないの!というぐらいには和やかな当社の社風に則り、すすめられるがままに、遠慮会釈なくたった一つの日食メガネを手にとって天空に目を凝らす。
あー、真っ黒な空に、かなり、三日月っぽい太陽が見える。

「ね?ね? かなり見えるよね?!」
と興奮する周りの空気にもあてられながらも、
「あー、やっぱり、もともとの視力が悪いと、しょせん、かなりぼやけてしか見えないんだなー。」
と、冷静に思う自分がいた。0.1あるかないかの視力で生活してるからね、、、。

ちなみに、昼休みに携帯を見ると、夫から「日食」という表題でメールが届いていた。
画像添付のマークが出ていたので、部分日食の写真でも撮ったのかと思いきや、
「部分日食を見るために、屋上に群がる同僚」の写真が添付されてた・・・。
『平和な会社です』という、たった一文と共に・・・。
グッジョブ!

さて、月食も日食もほとんど区別がついてないような私なのだが、「皆既日食」という言葉で思い浮かべるのは、卑弥呼のことである。

邪馬台国の女王として、魏に使者まで出した大権力者たる卑弥呼だが、歴史書によれば、その死後、王国は麻のように乱れたらしい(よく歴史書や歴史小説で見る“麻のように”乱れるという表現が、現代人たる私にはピンとこないんですけど。)

その権力の失墜のきっかけになったのが、卑弥呼晩年の「皆既日食」である、という説を初めて目にしたのは、中学生のころだったと思う。井沢元彦が始めた『逆説の日本史』で読んだ。

小学館を代表とする子ども向けの「日本の歴史」みたいなシリーズや、大河ドラマなんかで歴史の知識を蓄えつつあった私にとって、忘れられない本だ。教科書の枠を出ない歴史通説をぶったぎって、大胆な仮説をもとに、それを検証していくというこのシリーズ。・・・てか、まだ、完結してないような気がするんだけど・・・。

「鬼道にて能く人を惑わし」たというシャーマン的存在だった巫女女王、卑弥呼だが、彼女の治世下の日本で、百年に1度あるかないかの皆既日食が起こっただろうことが確認されているらしい。

占いや神託が政治そのものに結びついていた時代。
しかも、アマテラスオオミカミに代表されるように、八百万の神の中でも、太陽信仰が厚かっただろう当時の倭国だったからこそ、真っ昼間に太陽が隠れ、天下が真っ暗になり気温が下がる・・・という皆既日食は、今のような「楽しい天文イベント」として扱われるはずもなく、むしろ不吉そのもの、太陽神を戴く女王の権力の失墜だ、と、それから卑弥呼を中心とする邪馬台国は、それこそ落日そのものになった・・・。

というような推測。
その本自体は、独身時代の幾度かの引越しに伴い、BOOK OFFに里子に出して既にもう本棚にはないので、記憶だけに基づいたことを書いている。なにぶん、若い若いころに読んだものなので、細かいニュアンスの解釈がかなり間違っている可能性はあるけど、書いたような文脈のことは、私には衝撃だった。
記録に残っていない(あるいは、正史があてにならない)部分を補完して推測する、ということが、歴史研究には可能なんだ、という意味で。

この、「皆既日食による卑弥呼失墜説」が、現在の歴史論壇でメジャーなのか、あるいはトンデモ説として扱われているのか、寡聞にして知らないし、長い期間にわたって繰り広げられている井沢のこのシリーズの説の中には、意外に一般的な歴史考として受け容れられている(というか、井沢以前にその説が既に唱えられていたものもあるのだろう、聖徳太子怨霊説とか)ものもあるらしいのは漠然と承知しているのだが、なんにしても、現代ではネット上で動画配信されるほどに身近になった天文ショーは、自分の脆弱な肉眼では捉えられなくても、ロマンチックなものであることにかわりはありません。

日食メガネ・・・売れ残ったものは、どうなるんだろうね。
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by emit9024 | 2009-07-22 22:34

解散

あー。
やっと、解散したね、衆議院。
負け戦覚悟で、これから40日近くも選挙を戦わなきゃいけないなんて、麻生さんも大儀なこと。

首相になったときは50%くらい支持率があったんだから、さっさと解散しときゃよかったのにね。
もう少し、もう少しあとに、って言いながら伸び伸びにしてたんだよね。
でも、それって、なんでだったっけ?
1年も前のことじゃないのに、そのころの政局をさっぱり覚えてない私も、どうだかな。

ともかく、気づいたら支持率はだだ下がり。
景気も悪化して、どうにもこうにも身動きとれなくなったんだよね。

まあ、機を逸したっていう一点だけでも、政治家としての手腕には疑問符がつくんだろうけどさ。
アキバ文化に傾倒するような言動とか、ばかじゃない?と思えてならんかったし。
「高いホテルのバーで会食しまくってる」とか、「漢字が読めない総理」とか、
マスコミの叩きも相当しょうもなかったわけだが、
それにキリッと対応できないのも、見ててイライラしたものだった。

夫は、「一国の首相たるもの、もっとパンチがないと」みたいな持論があるらしく、
そういう意味で小泉純一郎をかなり支持していたもようだが、
私は小泉に対しては

「郵政民営化だ、なんだーとブチ上げて衆目を集めつつ、
 裏で確実に弱者切り捨て御免をすすめた姑息な政治家」

という印象があまりに強すぎて、少しも好きになれない。

それでもやっぱり小泉は、ケンカ師としては一流だったなーとは、思う。

なんたって、
『非戦闘地域にのみ派遣できる』という“イラク何とか措置法”を作って自衛隊をサマワに派遣し、
しかし当地では何度も爆弾事件などが起こったのを受け、国会という正式な立法の場で
「総理、非戦闘地域とは、どういう定義なのですか?」
と民主党(当時の党首・岡田克也)に質問され、
「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域なんです」
という、小学生すら論破できないような、論理にすらなってない答弁を繰り返して、
それでも世論に許された男だ。

ほんと、このころの虚しさは、そう簡単に忘れられるものじゃないわけだけど、
この調子で任期を全うしたんだから、首相・小泉純一郎は意味のわからない凄みはあったのかも。
たぶん、徹底して、国民をばかにしてたんだろうね。そして党内にも怖いもんなしだった。
それに比べれば、続いた安部・福田・そして麻生なんかは、小人物かもしれないけど、まだ人間らしいというか、同情の余地がある気にすら、なる。

加えて、安部・福田という、まるで他人事のように政権を投げ出して、
なおかつ議員の座に居座ってる両名に比べると(どうせ今回もまた、出馬するんでしょー?)、
進退極まって、とはいえ、ここへきて衆議院解散というまっとうな手段に打って出た麻生太郎は、
まだ政治家として、首相としての資格があると思うのだ。

手の平を返したかのように、麻生下ろしに精を出す自民党の議員たち。
今さら、遅いっつーの。
麻生太郎は、あんたたちの党内での選挙で決めた首相でしょうが。
こんな脆弱な神輿にかつがれたこと自体が、麻生さんの不幸だったね。
というか、運の弱さなのか。ま、実力の問題かもしれんけど。

どうしてこうも麻生さんに同情的かって、結局は福岡が地盤の人やけんっていう、身内贔屓たい。
正直、ここ1ヶ月くらい、もう辞任するだろうと思っとったけんね。
それが、晩節を汚す(?)覚悟で、選挙するげな言い出すっちゃもん。
40日後、薔薇の花もまばらな立候補者ボードを前に、口を引き結ぶ太郎さんを想像したらさあ。

ま、しょうがないなあ・・・とは思うんだけども。
私の住む福岡2区、自民党議員は山崎拓やし、どうにも投票しがたいしさ。
いいかげん、いっぺん、自民党は野に下れ!と、それこそ小泉のときから思ってた私だし。

でも、やっとのことで政権交代が成るわけやろ? きっと。
なんで、安部・福田じゃなく、麻生さんのときなのよ!?て、思わずにいられんわけよね。
やっぱり、福岡出身の宰相って、時節にも見放されるのであろうか。


堪忍袋の緒が切れそうなほどに、暑い。暑いだけならともかく、湿度、高すぎ。
そんな今日。
しかし、監査法人が意外に早く引き上げたので、どーせ汗をかいたんだし、ってことで、走る。
7.6キロ、44分。
夜とはいえ、この暑さが続くうちは、給水無しで10キロまで走るのは、かなり厳しいのかなー。
ま、これぐらいだって、仕事後のランは、じゅうぶん、すっきりするけど。
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by emit9024 | 2009-07-21 22:28

この翌日にNYテロが起きたんだよね、、、

『ワールドプレミアムライブSP マイケル・ジャクソン~デビュー30周年コンサート』

夕食後、夫がザッピングしていて発見。NHKのBS hiでやっていた。
2001年9月にニューヨークのマジックスクエアガーデンで行われた記念コンサートを90分ほどに編集した番組。

いったい何千人?!や、万に達してる?!てぐらいの観客が集まる。
前半は、アッシャーやインシンク、ディスティニーズ・チャイルド、マライア・キャリーなどそうそうたるゲストミュージシャンが彼の楽曲をトリビュート。
プレゼンターも、エリザベス・テーラーやクリス・タッカーなどとにかく豪華なのだ。

兄弟が集まってのジャクソン5メドレーでマイケルが登場。このパフォーマンスは20分ほどもあったんじゃなかろうか?

昔どおりの振り付けでやる『I Want you back』のシーンは動画サイトで見たことがあったけれど、かわいすぎて超テンション上がり、思わず食後のビールを冷蔵庫に取りに走ってしまった。

その後も、スラッシュと一緒に「Black or White」をやったり、ミュージックビデオと同じ、群舞を従えたダンスで「Beat It」もやった。ひとりきりでステージに登場して「Bille Jean」では、無音の中スポットを浴びたマイケルが帽子を被り、手袋をはめるだけで、観客が(テレビの前の私も)「あの曲だ!」と察して大騒ぎ。
アメリカの観客は、ペンライトや団扇をふったりはせず、とにかく総立ちで、踊る踊る。みんながみんな、マイケルのヒット曲の歌詞を覚えていて一緒に歌う。

2001年ということは、マイケル、43歳だ。
でもこのときはまだまだ踊れている。ダンスは依然としてキレキレで、ひとつひとつのポージングだけで大歓声が起こる。

ミュージック・ビデオの完成度はいうまでもないが、ステージ上でのパフォーマンスも、ほんとに他の追随を許さないほどのオーラにあふれていて、「生きた肉体」ひとつで魅せる最高の輝きって感じ。

これこそがマイケルの真骨頂なんだけど、今になって思えば、このレベルのものを常に観客に求められるプレッシャーというのは、ステージを降りたあとに声高に叫ばれるゴシップの数々と同じくらいに、彼を追い詰めていたのかもしれない。

というか、彼のような次元の有名人になると、オンステージもオフステージも地続きの人生だっただろうから、私生活のすべてを暴こうとする世間を黙らせるためには、作品の売上や、ステージでのパフォーマンスで圧倒するしかない、と考えていたのかもしれない。

マイケル・ジャクソンというアーティストは、やっぱりかなり完ぺき主義者だったんだろうな。加齢とともにステージ構成を変えるとか、そういうことはしたくなかったんだろう。ありあまる才能というものが原点にあったとしても、極限までにとぎすまされたあの歌とダンスを長い年月にわたってやり続けるためには、努力という言葉では足りないくらい、肉体に相当な負担をかけていたはず。一流のスポーツ選手が幾度も大手術を繰り返し、最後は満身創痍で引退していくのと同様に、彼の体はボロボロだったんだろうな、と今は思う。

そうだとしても、やっぱりマイケルのステージは問答無用にかっこよくって興奮する。
それにマイケルって、超人的なパフォーマンスのあとに見せる笑顔がほんとにかわいい。(アメリカ人なのに!)ぺこり、ぺこりとお辞儀して、大歓声に対して「I Love you more!!」僕のほうがもっと愛してるよ!と繰り返す姿には萌えずにいられない。
「キング オブ ポップ」とともに、「元祖ハニカミ王子」の称号も進呈したい。

心無いゴシップよりも、彼の楽曲やダンスのほうが、これから先、じゅうぶん長い間、風化せずに残るだろう。番組が終わった後、またニコニコ動画に入り浸って、'80年代、'90年代のマイケルの動画と、それについてる若い人たちのコメントの数々を堪能して、またそれを確信したのでありました。
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by emit9024 | 2009-07-20 21:41