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King of Pop が死んだ

マイケル・ジャクソンが死んだ。
うーん。
平静ではいられないのだよね、やっぱり。

その事実は、日本でいう先週の金曜日、26日の午前中にはわかっていたことなんだけど。

当日、出勤前の朝の情報番組で一報を聞いたときは、そうでもなかった。
「ああ、きたか。」
「ああ、ついに、その日が。」
ってな気持ちだった。
この、「ああ」っていう感嘆詞?がついてるところがミソなんだけど。

それが、週末の報道を経てジャブが効いてきて、
きのう、今日ぐらいは、もう完全に打ちのめされてるね。

や、身も世もなく嘆いてるわけじゃない。
ニュースで映るアメリカ市民みたいに、涙にくれたり、逆に叫んだりしてるわけでもないよ、もちろん。
普通に会社に行って、仕事して、家に帰れば家事したり晩酌したりしてる。

その合間に、ネットでマイケル関係のブログ記事をチェックしたり、you tube見たりしてるうちに、
なんかね。
身に迫ってくるもんがあるのさ。

マイケルのこと、大好きだったんだよね。
街のあちこちで流れてるから好きになった、とかじゃない。
衝撃的な出会いで、一気に魅入られちゃった。

「それが14歳のころだったから、
 まあ、ネット用語?でいう、『中二病』だったんだよな(笑)」
大人になって久しく、そんなふうに思ってたのだけれど、
そうだとしても、骨の髄まで沁み込んだ、この「中二病」の根の深さ、、、たるものに、
あらためて愕然としている、この数日なのである。

私が14歳のころ、といえば、1992年か1993年。
バブルまっさかり? いや、既に弾けてたのか?
とにかく、グラミー賞の授賞式を、確か地上波の番組でやってたんだよね。
もう今はやってないよね? そんな時代。

私はちょうど、洋楽に目覚めた年頃で、
深夜ラジオで「American Top40」なんかを愛聴してて(時代を感じますな、、、)、
そんな流れでその番組にチャンネルを合わせたんだと思う。
ニルヴァーナとか、アレステッド・デベロップメントとかがお目当てだった。

その授賞式で、『Living Legend賞』つまり「生きる伝説で賞」みたいな、
すごい名前の賞を受賞したマイケルのパフォーマンスを見た瞬間、トリコになった。

CM明け、いきなり「Living Legend」と題したVTRが始まる。
最新の映像(確かスーパーボウルのハーフショーだった)からジャクソン5まで、
時系列を逆になぞっていく、マイケルの栄光の映像。

それを受けて授賞式の会場に歓声が湧き、
登場したのは、真っ白いスーツに身を包んだ妹・ジャネット・ジャクソン。
当時は20代前半だよね、きっと。

彼女は、VTRをまとめるかのように、
マイケルの20年以上に渡る音楽活動の功績と、
そして、妹として、どんなにマイケルを愛しているかを語って、
高らかにマイケルの名を呼ぶ。

満場がスタンディング・オペレーションで、マイケルを万雷の拍手で迎える。
もう真っ白い肌になっていたマイケルは、壇上に上がり、ジャネットと固い抱擁をかわして、
長いスピーチを始める。

ジャクソン5のリード・ボーカルとして10歳でデビューした彼が、
その身に受けてきた栄光と、それに伴う、想像を絶するゴシップ報道について。
名声とひきかえに、純粋な子ども時代を奪われてきたこと。
それでも、自分がどんなに音楽を愛しているか。
だからこそ、無垢な子どもたちを、どんなに愛しているか。
そういうスピーチ。
会場中に巻き起こる歓声に「I Love You!」と例によって繰り返して、マイケルは応えた。

大人になって思えば、ちゃんとスピーチライターがいたんだろうけどね。
そうだとしても、すべてのパフォーマンスに心底からのソウルを感じさせるのが
マイケル・ジャクソンの表現者としての恐るべき才能だし、
なんたってローティーンの私だったので、おおいに感化されたわけよ。

そして続いて、マイケル・ジャクソンのミュージック・ビデオ集が
たっぷり20分ほども放映されたんだから、これはもう。
今度は順時系列で。
「ビリー・ジーン」
「ビート・イット」
「スリラー」
「バッド」
「ブラック オア ホワイト」
「ヒール・ザ・ワールド」
ときたら、ノックアウトされてもしょうがないよね。
ほんと、衝撃だったもん。

しかも、当時すでにオタク気質(?)を表していた私、
ちゃんとその番組を、ビデオテープに録ってたんだよね。
何十回と見たよ、繰り返し。
当然、CDも買った。中学生でお小遣いに乏しかったので、珍しく親にねだったりして。

しかも、翌年、マイケルが福岡ドームでコンサートやったんだよ。
まだ中学生のガキんちょだったのに、私、見に行ったんだよー。
5歳年上で、既に社会人になってたお姉ちゃんにチケットを買ってもらってさ。

いやー、相当、ヤバイくらいのファンだよね。
でもそれは、今から15,6年前のこと。
その間に、私は大人になり、マイケルを取り巻く状況も変わって、
彼の死去にゆきあったこんにちの、すごく複雑な、簡単には書けない心境に至る。

長くなりそうなので続きはまたいつか。
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by emit9024 | 2009-06-30 22:40

週末をみんなが待ってる

<<6月26日 金曜日>>

●仕事でいささかハッスルしたり、社内事情がいろいろあったり、おまけにマイケル・ジャクソンは死んだっていうし、なんだか思いがけないことが重なったせいだろう。夕方、むらむらと飲みたくなって夫を誘う。今週4回目の飲みになるっていうのに、夫、快諾。いい人だー。や、飲み好きなだけか。

●先週、しず夫妻と行ったAKAMARU食堂をまた所望。好きなんです、あの店。何でも美味しい割に、お高くない。正しい博多の居酒屋って感じ。

●途中まで、夫の先輩も一緒。これまで紹介された夫の会社の人たち、みんな明るくて面白く、酒をよく飲む。といって、「いかにも」な九州男児らしい我が社の男性陣(特に営業関係)とは、なんだかカラーが違う。もちろん私という社外の人間、しかも「同僚の妻」みたいな人間が同席している会だからこその振る舞いもあるんだろうけれどもね。みんな良く飲み騒ぐけど、妙な体育会系のノリがなく、趣味人が多いせいか、飲み会の場でも良い意味で個人というものが尊重されている感じがする。とても新鮮だ。しかし、なんかどんどん、夫の会社の人たちにも私の酒乱(?)ぶりが露呈されてきたような・・・。

●これからジャズライブを見に行くという先輩と1時間半あまりでお別れし、私たちはさらに飲み足す。ついでにカラオケに行ってビールをたくさん飲みつつ歌う。あーすっきりした。親密な相手との飲みは良い。

●帰宅すると、NHKで俳優祭をやっている。老若男女(いや、ほんとの意味での『女』は波乃久里子さんぐらいしかいないが)の歌舞伎役者が屋号を問わず同じ舞台に立つという、1年に1回あるかないかのうれしいファンサービスデー。いやー・・・2年前にテレビで見てたので知ってたけど、凄い。凄すぎる。歌舞伎ファンじゃなかったら、「何この悪趣味な芝居は?!」てドン引きしまくりの舞台だ。

●童話「シンデレラ」を明治風に仕立てるという筋書きのこのお芝居。継母は勘三郎、ふたりの意地悪な姉は福助と橋之助。魔法使いのおばあさんは左團次。菊五郎はなぜか「おくりびと」に扮してチェロを弾き、舞踏会ならぬ『歌舞伎座』の大パーティーで乾杯の音頭をとるのは北島の宮殿下?とやらの海老蔵。もちろんモロ肌脱いで「チョー気持ちいい!」とか言い放つ。米国からやってきた将軍(仁左衛門)は「Yes! We can!!」、その夫人キャサリン(団十郎)は「カブキ座 is change!!」。福助は矢島美容室のオズマの扮装であの歌を歌舞。もはや芝居自体に何の必然性があるのかさえわからない勘太郎・七之助の兄弟や彌十郎・亀蔵などは「配達に来ました~!」とかいって岡持ち片手に登場したあげく、勘太郎の結婚ネタとかやったり。。。まったく収拾がつかない事態。

●そう、これは「歌舞伎というのは歌舞伎役者を見に行くもの」という至言がまさに体現された世界なのだ! ドギツいまでのメイクを施し、下品で安直なせりふが飛び交い、ぐだぐだなシナリオであっても、それを演じるのが「あの」団十郎や菊五郎という大物であったり、若手花形の海老蔵や菊之助であるというだけで、客席は爆笑と歓声の渦。ジャニーズのコンサートやアキハバラでのコスプレなんかに勝るとも劣らない、日本が誇る「萌え」の原点がここにある! 

●主役の「シンデレラ=灰被姫」を演じたのは玉三郎。悪ふざけのすぎる舞台にあって、当代きっての名女形であるこの人だけはまっとうな、、、というか、最後の良心とばかり、可憐で華麗な姫役を演じる。これは、前回の俳優際で見た『白雪姫』でも同じだった。がらりと舞台が回転すると、「カブキ座の精」なる五?天王が登場。芝翫、富十郎、藤十郎、吉衛門、幸四郎の大御所たちです。やがて全員集合し、「歌舞伎座はいったんお休みをいただきますが、これからも隅から隅までずずずいーっと、よろしくお頼み、ア・申し上げまする~」てな感じで豪華絢爛にフィナーレ。

●ちなみに、亀治郎さんはカブキ座大パーティの司会者・白柳徹子とやらに扮していた。に、似てたよ。。。でも、その前に彼のお父さん、段四郎が出てきたとき、「亀さん?!」て一瞬、思ってしまったんだよね。さすが親子!声が激似。どんな世界でも世襲制には弊害があろうが、愚かというなら言え、やっぱり歌舞伎界では、こういうのを堪能するのがファンの楽しみなのだ。そして、カブキ座近くの新橋の料亭の女将として出てきた雀右衛門丈。御年88才になる女形の大御所は、人力車から降りず。やはり、踊るのはもはや難しいのかな・・・。でも、口上はまだまだしっかりされてるのが嬉しい。何のかかわりもないけど、お元気でいてほしいと思ってしまう。

<<6月27日 土曜日>>

●11時半起床。夫によるザル蕎麦を食べてすぐ、業者さんが登場し、新しいネット回線の工事。予定より30分も早く来られたので、化粧する間もなかったよ。。。

●昼間は読書。『武士の娘』(ちくま文庫  杉本鉞子 著、大岩美代子 訳)を読み終わる。明治6年、越後は長岡藩の家老であった稲垣家の娘として生まれ、幕臣として戦いに敗れた父のもとで維新後に育ち、結婚後はアメリカに住んで二人の娘を生むが若くして夫に先立たれて帰国、しかしその後はまたニューヨークに住まい、英語でこの本を書いた著者。

●自然や旧き良き習い、ありのままのさだめを受容することのを美として厳格に育った子ども時代、婚約後、米国で事業を興した夫と共に暮らすべく、1ヶ月もかけて東京へ行って自由な校風の英学校へ通った娘時代、米国へ渡っての暮らしやその地に住む人との交流における戸惑いや成長が見える婦人時代、そして夫の死後、日本へ戻り、米国生まれの娘たちを女手で育てる母親時代と、描かれる半生、まさに波乱万丈。当時としては進歩的すぎるほどの環境におかれることになるも、その根底にはどこまでも「武士の娘」たる芯の強さがあるんだなあ。

●昔の人の風俗や暮らし、思考や行動を知る本は本当に面白い。卑弥呼の古代に遡るまで、どの時代の歴史にも興味はあるけど、歴史上の偉人傑人はもとより、近代に入っては、いろいろな身分・立場にあった人々の具体的なあれこれがわかるものがたくさんあって面白い。『忘れられた日本人』(宮本常一)のように、名もなき人々(私の祖先もこの類の人々だろう)の農村での、貧しくもいきいきとした暮らしをフィールドワークによって克明に浮かび上がらせたものもいいし、こういう、いわゆる支配階級にあった人々の暮らしに、毅然とした日本人の精神性を見るのも面白い。

●夕方、走る。水・木と蒸した町を走り、木曜日には7キロ38分という、自己ベストを出してゴキゲンだったんだけど、其の分、また膝に不安を感じながらだったので、この日は距離にこだわらず、あまり通ることのない小道を珍しげにキョロキョロしながら楽しく走る。48分、約8キロってとこだろう。

●夜は夫・作のチキンステーキ。いったい、いくらの肉よ!?というくらい(答え・グラム108円だ!安!)の柔らかさ~。ソースは生姜とニンニクと醤油。つけあわせは、チンゲン菜とエリンギ、そしてジャンボしし唐のグリルに、キャベツの浅漬け。夫、今週もグッジョブ!

●『鹿男あをによし』のDVDはついに最終回。面白かったなあ。洒落てるとかこなれるとは、とても言いがたいドラマだったけど、フジの木曜22時枠としてこの企画が通ったって素晴らしいことだ。視聴率はふるわなかったのだけど、製作陣は誇りをもってほしい! とにかくキャスティングが見事だった、みんなすごくハマってて、いきいきしてた。ヘタレの玉木宏、天然の綾瀬はるか、ふわっとした佐々木蔵之介、気の強いお嬢様の柴本幸! 柴本幸、すごく良かったやん! この人のせりふまわし(と、顔立ちも・・・)変わってるけどクセになるのよね~。大河『風林火山』では、当初、私も反感もってたクチだけど、やっぱりこの人、独特の存在感があるわ。一般ウケしないかもしれないけど、これからも自分の道を進んで、息の長い女優になってほしいなあ。それに、とても清々しいラストだった。最終話、多部未華子ちゃんの初々しいキスシーンはドキッとするほどの出来だったわー。

<<6月28日 日曜日>>

●一念発起して休日の早起き。それは8時半なのだが・・・。天神で買い物の必要に迫られてたので、どうせなら早くすませたほうがよかろうと思って。私だって、やるときゃやるぜ! や、せいぜい8時半起きだが・・・。

●これまで、お通夜やお葬式に参列する際は、仕事でも使える黒のスーツでしのいできたが、来月、夫の父方の祖父の13回忌があるのを機に、喪服らしい喪服を仕立てることにした。あ、仕立てたわけじゃないです。吊ってあるのを買っただけです。それでも、10年は着るのを目標にと、それなりのものを購入しました。ええ、これは費用というよりも資産計上ですよ。チビッコの私だが、四十路に向かっていく体が丸みを帯びるのをちゃーんと考慮して、ひとつ上の9号にしたもんね。

●次いで、かねてより、「私がプレゼントするから用意しときなさい!」とお姑さんに言われていた真珠のネックレスも購入。とりあえず立替払してくれる夫を伴って店頭に出向くと、私たちの結婚指輪を一瞥し、「心得ました」とばかりに、的確な価格帯、品質のものをオススメしてくれる店員さんである。

●「ええ、真珠のネックレスというのは、アクセサリーというよりは、“お道具”に近いものですからね。冠婚葬祭は言うに及ばず、お子さんが生まれたときの学校の行事になどにもお使いいただけます。そのように、ご列席の方々と並んで、ええ、見劣りしないものを。。。かといって、もちろん好き好きもございますが、真珠に関しては、お売りするわたくしが申し上げるのもなんですが、あまり最高級のものでなくても良いのではないかと。いえ、ダイヤモンドならば、少々のご無理をおすすめしますが、真珠というのはどうしても、着用していただくうちに、お肌の脂や空気を吸ってしまうものですから、将来、娘さんに受け継いでいただくほど、長持ちはしないのです。。。」

●とかなんとかで、まあ予算どおりのものを購入。お義母さん、ありがとうございます。なんか嫁っぽいよなあ。

●西通り『ヒッコリー』で美味しいパスタランチを食べたあとは、アディダス~プーマ~ナイキと、大名の路面店巡り。夫はシャツとシューズを買い、私はシャツにスパッツ、ウエストポーチを。な、なんか、かなりスポーティな人たちみたいだ・・・。

●夫は最近、休みの日にウォーキングを始め、その中でちょっとだけ、走ってみたりもしているらしい。強制されるほど嫌なものはないと思うので、私はいっさい、夫にすすめたことはないのだが。腰を痛めたあと、運動不足を痛感したのと、もともと、毎日片道20分は会社と自宅とを往復して歩く彼なので脚力がないわけではないのと、私が走ってるのをおもしろそう?と思ったのと、まあ色々なんじゃないかと推測するが、彼は自発的に歩き始め、このたびランニング用のシューズも仕入れた。

●それで、「一緒に行ってみる?」と何気なく誘うと、「うん」と素直な答え。夕方、福岡市動植物園を通る道のり、40分ほどを一緒に歩き、時々、かるーく走る。幸い、うちの周りはウォーク&ランするにはとても面白い道が多くて、起伏に富んでいたり、古くからの高級住宅街があったり、どんどん新しい店ができたりする路地があったりなんだよね。なかなか飽きないんじゃないかと思う。私も、人と一緒に走る(歩く)のは新鮮で楽しいので、続くといいなあ。でも、強要しないように心しよう。

●長くなりすぎたので、マイケル・ジャクソンについてはまた後日書く。
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by emit9024 | 2009-06-28 23:27

だよねだよねシロだよねー

んだよ、やっぱりシロ野立やーん!

最終回の今夜は、冒頭からいかにも芝居が始まってる空気ムンムンだったので気楽に見つつも、野立=竹之内さんが撃たれたあとのCMで、さすがに不安になり夫に揺さぶりをかける。

「ちょっと! これでも野立はシロか?! あの血もボス猿芝居ってゆーと?!」
平和楼で旨い中華料理とショウコウ酒を堪能し、ホロホロの夫、曰く
「心配すな。あれはオーロラソース」
えーっ、ケチャップですらなく?!

まぁそのCM明けからラストまでは、思う存分ふざけ倒されたよ。しかしそれでも「なめんな!」とか思わないんだから、これは制作側の思うツボ的に、めっきりきっぱりドラマの世界に取り込まれてたわけですよ。
今朝は我が家に思わぬ事件が起きた。その現場はもちろん会議室なんかではなく、トイレ。。。
夫が使用したのち、突如として、水が止まらなくなったのだ。
我が家の水道代および地球環境(しかも我が町、フクオカは渇水になりやすいんだってば!)を考えれば、へらへらしてはいられんが、排泄物が流れないことを思えば、まだ精神的にラクだ。。。

んな事情で、夫は責任を感じ?朝からトイレにこもっとタンクなど開けて奮闘してたが、私はのんきに「めざましテレビ」を見ていた。

当然ながら天海祐希さんがゲスト出演。
「大ヒットおめでとうございます!」
「いやーこれは、スペシャルとか続編とか映画とか、、、!」
と、画面のこっち側たる我々がドン引きするくらいのめざましファミリーのはしゃぎっぷりだったわけだが、まぁあの人たちのほとんどがフジテレビの社員だと思えば、自社のドラマ番組がこうも支持されてるって事態に、白々しいまでにノるのもわかる気はした。

ともかくも、このフジらしい刑事ドラマ、楽しませてもらった。3ヶ月間、楽しかったよ。

ところで、ドラマの最終盤で地震がきた。
震度5強を記録した福岡西方沖地震から、早5年くらい? あのころは余震もたびたびあって、一人暮らしだった私は当然に怖い思いをしていたものだが、今夜はほんとに久しぶりの揺れで、グラグラしたのは、ものの10秒足らずだったとはいえ、びくっとした。我が家は9階且つこのマンションの最上階だからか、震度3との発表に比してけっこうな揺れを体感したのだ。
それから二時間あまりが経つが揺れはありません。でもちょっと怖い。

今夜は昨日に続いて7キロ走った。
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by emit9024 | 2009-06-26 01:14

輝かしい才能、神に祝福された人

宇多田ヒカルのアルバム『Heart Station』が、すんごくいい!!

2008年春のリリースだから、何を今更、てな話だが、つい先週、初めて聴いたんですよ。

一聴してると、何となくサラッとした手触り。
前半にはシングルとして発表された曲が固まってるせいもあるだろう。
しかし後半はなかなかドラマチックな展開。
聴き終えて、ちょっと打ちのめされた感があった。
こんなの作っちゃうんだー。すごすぎる。

重みや鋭さ、アートな感じは前面に出されてないの。前作『Ultla Blue』や、さらにその前の『Deep River』に比べると、かなり軽やかでキャッチーでポップ。
ドラマ『ラストフレンズ』の主題歌として、あの重苦しく濃厚な世界観づくりに大きな役割を果たした『プリズナー オブ ラブ』(←スペル綴るのがめんどくさくなったのでカタカナ表記)を擁していても、
アルバム全体の軽やかな流れは途切れることなく、とてもスムースに進む。

その“軽さ”は決してチープでなく、上着を脱ぎ捨てたような、長い髪をバッサリ切ったような、まるで幼虫が羽化したみたいな鮮やかな印象。

歌詞カードとか見なくても耳に直接飛び込んでくる歌詞は、さみしげなもの、拭い去れない孤独感を表したものもチョイチョイある。
「悲しいことは きっと この先にもたくさんあるわ」
「憂鬱に負けそうな日もある」
「自分の美しさ まだ知らないの」
「何が欲しいかわからなくて ただ欲しがって」

でもこんな詞も散りばめられてる。
「もっと近づいて がまんしないで 少し怪我をしたって まあいいんじゃない?」
「くよくよしてちゃ 敵がよろこぶ 男も女も強くなきゃね」
「Monday to Friday 負けないで」
悲しみを大仰に歌い上げるんじゃなくて、それはあるにはあるし逃れられないけど、励ましに転じる。それもまた軽やかに、肩をポンと叩いて、「ま、がんばろうぜ、ボチボチ」て感じ。気張らんでいいけど、やらんとしょうがないけんな、みたいな。

サウンドも、相変わらず細かい光の粒子が舞い踊るような、ひだが幾重にもあるスカートみたいな繊細さにあふれてるけど、技巧とか前衛って感じはそんなになくて、あくまでキャッチー。
うん、やっぱり前作、前々作と比べて、低音の鳴りが小さくなってる気もするんよね。そういうアルバムつくりをしたんだろう。


この軽み。いろいろあるし、楽観なんてできないけど、それでいいやん。て感じの力の抜け方が、なんとも宇多田ヒカルの「今」っていうか、大人になったんだねー、ヒカルちゃん。て感じで、ほんとに胸打たれた。すんごい、しなやかさ。

優れた感受性と音楽性、そして「今」を生き続けてるリアル感にあふれてる。すばらしい才能! あと、こんだけのいい音が作れるだけの予算。いやー、予算の枠が大きいのも、彼女への絶対的な期待と信頼感あってこそだもん。彼女の音楽聴いてると、“音楽性と人間性は別もの”なんて思えない。高らかに訴えなくても、間違いなく精魂こもってると思えてしまう。デビューして10年経つのに、少しも色あせない。クオリティが下がらない。同じ時代を生きてることを幸福に思わせる希有なアーティストだ、宇多田ヒカルは。

ちなみに宇多田ヒカル自身はこのアルバムについて、「潔いアルバムになった。小気味いい感じ」と語っているそうだ。うんうん。それもすばらしい表現! 

でも、この希望を散りばめたアルバムで最後に歌われるフレーズはこうなんだよね。
「誰もいない世界へ 私を連れていって」
・・・・・。
ちょっと、ぞくっとするんだよね。深い。

いやー、こんだけの文章(スペース含めてだが3,000字近い)を携帯でしこしこ打ったのだ。
このアルバム、引いては宇多田ヒカルに対する私の感動と情熱や如何に、てなもんである。
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by emit9024 | 2009-06-24 22:53

しず夫妻とか梨木さんとか

とんとネットがつながらず更新が滞っております。順調にいけば今週末には新しい接続が作成されるはずだが、ようわからん。

しかしネットしないと時間ができるっていうのがよくわかる気がするこのごろ。そうやってできた時間でやってることといえば、本読んだりDVD見たりとかでいつもの延長線上なのだが、見たい読みたいにキリはないので時間が増えた気がしてちょっとうれしい。

あとは、読むものの選別が課題だなー。やっぱり図書館デビューするべきかな。専門書、というレベルに達するのは無理でも、新書みたいなのより、もうちょっと踏み込んだ書籍をいろいろ読んでみたいんだよね。書店に流通している小説がメインだった私の読書生活に、ちょっとした方向転換を加えたい30才の夏だ。
そんなよもやま話(?)はさておき、土曜日は友人・しずりん夫婦が帰福したので待ち合わせ。彼女のお兄さんの披露宴帰りでかなりのエネルギーを消費してきたはずの彼らなのだが、疲れ知らずのしゃべりをえんえん4時間ほど披露してくれたよ、ありがとう。ふたりと別れて入った2軒めの店で夫、「いやー、似合いの夫婦だったな、、、」としみじみ。

案の定飲み過ぎた我々、翌日は完全に省エネモードでごろごろ。「深酒&夜更かし→ごろごろ読書三昧」みたいな図式ができあがっている私の土日だが、これがけっこう満足度高いので改善の見込みはない。「夏休みは何すんの?(けっこう長いしどっか行くか?)」と夫に聞かれ、「そんなの、ごろごろし倒すに決まっとるやん!」と元気に即答した私だ。

読んだ本のことを少し。梨木香歩のエッセイ『ぐるりのこと』(新潮文庫)、一見とりとめのないような思考がつながり、みるみるうちに深化していくのは梨木さんエッセイならではの味わい。本当に真の知識人だよなーって思う。amazonの書評では「知ったかぶりの上から目線」みたいなこと、ばっさり書かれてあったけどね。マニア的な興味の対象をもたない人がそういう感想を持つのは、まあ、わからんでもない。

歴史や風俗、そして植物や菌類に至るまで、この人の知識はすごい。しかも洋の東西を問わず、古代から近現代に至るまで本当によくご存じだし、それらは机上ではなく留学や旅行、フィールドワーク、そして彼女の生活そのものを通じて貯えられたものらしい。そんなさまざまな知識を通じて、この世の中のことを「深く深く考える」ことの大事さについて、これまでのどの本よりもはっきり言及してあって嬉しかった。私も30代のこれから、世の中のすべてを、、、というのはとても無理だが、自分に興味のある分野についてはもっと深く掘り下げていきたいと思っている。

それにしても2年くらい前からこの人の著作が本当に好きだー。20代後半に出会った作家でもっとも感銘を受けたのがこの人かも。『西の魔女が死んだ』はベストセラーになったけど、私がこれまでいちばん感動したのは、昨夏に読んだ『村上エフェンディ滞土録』、次点は一昨年の春?に読んだ『春になったら苺を摘みに』である。で、思うに、「西の魔女」ほど取っつきやすいものは、この人は当分、書かないんじゃないかという気がする。売れたいとか全く思ってなさそうだし、担当編集者さんも、この人に関しては商売ッ気を出すのをあきらめてる気がする。『ぐるりのこと』を読んでもつくづくそう感じた(その割に、私が買ったのは第3刷だったので、やっぱ好きな人は好きなんだなーと思った)。私は梨木さんがこれからもっと気難しげな作品を書くのも楽しみだ。
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by emit9024 | 2009-06-22 12:40

腕前拝見、といこうじゃないの

先週の予告からイヤ~な予感はしてたけど、ほんっとうに野立さんがラスボスなの?!
視聴者のミスリードを誘っていたずらに煽る演出だと思いたいんだがな。
信じてた人が実は、、、て展開は、ものすごく後味が悪いぞ。そういうの味わうために3か月も見続けてないぞ。
かといって、ここまで煽って『やっぱり野立さんは正義の味方でした』ってふうにもってかれても、『てめぇだましやがってー!釣り針太すぎなんだよ!』て怒りは禁じえないしな。
このドラマらしく、カタルシスのあるラストをどうやって作ってあるのか、来週を楽しみにしよーじゃないの!!ボキボキ←指を鳴らす

あ、『BOSS』の話ね、ここまで。

今夜もネットに乗れないので、携帯から更新してます。怒濤のごとく、女子高生のごとく、両手の親指で打ってるぜ。

今日の福岡は堂々の真夏日(体感による断定)。帰宅後、汗だらだら目に入れながら走った。35分地点で、耐えきれず自販機に突進。水のペットボトル片手に持って残りの道程をゆく。500ML以下の重量だというのに、は、走りにくい。。。
中3日あけたけど、やっぱり途中から右膝の外側が熱く重苦しくなった。8キロで終了。ま、これからが夏ランの本番。距離やスピードに固執せず、楽しい気持ちいいと思える範囲内でぼちぼちやるのがよかろうね。

夕飯はタローチャーハンであった。中途半端に残ってたレタスや大根の葉っぱがちゃんと入ってた。そして夫をエラいと思うのは、苦にせずにんじんのみじん切りをやってのけるところ。玉ねぎとかより、よっぽどめんどくさいと思うのよ。
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by emit9024 | 2009-06-18 23:25

やっと繋がった

引き続き、我が家のインターネットの接続が悪い。悪すぎる。
ネットサーフィンはおろか、ブログをUPするのもひと苦労だ。
夫は既に現在のプロバイダの解約手続きを済ませたという。別のところに乗り換えるそうだ。

さて、昨日は夫の会社の方々と飲み会だった。当然、夫もいたよ。
なんか、必要以上に盛り上がった気がする・・・。
相変わらず、飲み会における己のお調子者っぷり(つまり飲みすぎ)に
やや自己嫌悪を感じる翌日の今日は、
久しぶりの!有休である。わーい。
どこかへ繰り出そうかとも思ったが、結局、読書中心の1日を満喫することに。

『風が強く吹いている』は、あのあともう1回通して読んだ。
単行本という私の手の届かない状態にあるこの本を貸してくれたのは、だいちゃん(仮名)。
宮崎やら関門海峡やらのフルマラソンにも参加する、立派な市民ランナーである。
夫の同期で、昨日の飲み会にも来てたので、激しく語り合いたかったのだが、
いかんせん、他の方々もいたし、お互いに酩酊しており、深いところまで掘り下げるには至らなかった。

後悔を胸に、今日は作者・三浦しをんのエッセイ再読に励んでいる。
『夢のような幸福』に続いて、今、『乙女なげやり』の後半部分。
これ読み終わっても、うちの蔵書にはあと2冊控えてるぜ、三浦さんのエッセイ。
いやーほんとに、この人の読書オタク度といったらものすごい。
私も、本好きを名乗る(?)からには、ここまで究めたいものだが、
それには気の遠くなるほどの労力が必要だろう。。。。

本屋に行って単行本コーナーをのぞくと(普段は、どうせ買わないので、なかなか立ち寄らないコーナーなのだ)
まだ文庫化されていない三浦さんの本がいくつもあった。
精力的に執筆活動してるなー。
それでいて、連載エッセイによると、今でも死ぬほど本を読んでいるっぽい。
三浦さん、作家としてはまだまだ図抜けて若い。私のふたつ年上だから、32歳か。
人気もあるし、これからもどんどん作品は発表されるだろう。
あれだけ読んで書いてりゃ、作家としての力量もますます上がるに違いない。
末恐ろしい子・・・・!(北島マヤ?)

さて、読書にふける有休だとて、欠かせない外出はある。
昼間のうちにスーパーに買い物に行くのだ。
平日の昼間のスーパー。ちょっと専業主婦気分でステキ。
ふだんのあたしは会社の籠の鳥。
自由な空気を(家の近所のスーパーで)吸い込むと、つくづく、休みっていいな、と思う。

というわけで(?)今夜はカレーを作った。
今日も玉ねぎをたっぷり入れてやった。私は数ある野菜の中で玉ねぎがいちばん好きなのだ。
料理した後、手を洗ってもしばらく消えない玉ねぎの匂いすら、愛おしい。
玉ねぎを弱火でじっくり炒めることに関しては、日ごろのナマケモノぶりからは人が違ったように熱心で辛抱強いのです。
ああ、食べるの楽しみ。早く帰ってこい、夫。

!!!
再来年の大河ドラマの題材が発表されている!
『お江~姫たちの戦国~』脚本 田淵久美子。
うわーNHKっていつからこんなんなったの?
『篤姫』が成功したからって、中2年で同じ脚本家を再登板させるなんて。。。
しかしお江が主人公なら、登場人物は、淀殿、お初の浅井3姉妹は言うに及ばず、
秀吉、家康、信長の3英傑ももちろん出てくるだろうし、
秀忠、家光、浅井長政&お市夫妻とか、かなり有名どころがキャスティングされるな。
これからまた1年以上、配役をあれこれ妄想する日々が続く・・・。
『龍馬伝』の配役も、早く発表しておくれよ。
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by emit9024 | 2009-06-17 19:29

風が強く吹いている

●金曜日

膝が痛い。右膝の外側。腸脛靱帯ってところね、きっと。
動かさないと何ともない。歩くと、やや強い違和感。
このまま走り続けると、いわゆる「ランナーズニー」ってやつになるわけね。kneeね。膝。たいしたランナーでもないのに、ランナーズニー・・・。はぁ。
モノの本によると、こういうときは練習を休むのがいちばんらしい。
走れない金曜日の夜・・・これは、飲むしかないか・・・。ふっ。
納豆チャーハンで夕飯をすませたあと、
ビール少々と焼酎の水割りをたしなみつつ、長いブログを書く。
4日連続(ボーナスの勢いってすごい!)で飲み会だった夫、へろへろになって帰ってくる。

●土曜日

夫はさすがに疲れて(大半、飲み疲れなのだろうが、、、、)ボーっとテレビなど見ている。
せっかくの休みなのに、どっか連れてけよーーーーー!
てなことは全くなく、基本的に土日の日中は互いに悠々自適で過ごす我々。
これで酒さえ飲まなけりゃ、どんだけお金が貯まることであろうか。

この日の私は読書に夢中!!!

『風が強く吹いている』(三浦しをん 新潮社)。

「竹青荘」なるオンボロアパートに住む変わり者集団の大学生10人が、
わずか1年足らずという無謀すぎる練習期間で箱根駅伝を目指す。

・・・と概略を書くと、
「ほうほう、あるよね、そういう、『素人軍団がすったもんだするスポーツもの』って」
って感じですよね。
うん、まあ、そうなんです。
よくあるといえば、よくあるアウトラインなんです。小説とかマンガとかドラマの世界では。
しかし、よくある話で、読者に新鮮な感動を与えるってのは難しいんじゃないでしょうか?

んもうね、面白くて面白くって、どんどん読み進むのがもったいなくって、
時々、ボーっとテレビ見てる夫にテンション高く固め技かけて奇声をあげたりする。
ドン引きしつつも律儀な夫は返し技をかけようとしたりするのだが、
「あ、やばい、こんなことしてる場合じゃなかった。じゃあね!」
そこはあっさり振り切って、また読書部屋(=寝室)に戻って一心不乱に読む。

もう、ツボがありすぎて、身悶えしながら読む。
途中からは、ところどころ、ジュワッと涙ぐみつつ、
「や、泣いてる場合じゃない。彼らの挑戦はまだまだ真っ最中なんだから!」
と己を叱咤激励しながら、読む。時々、にやにや笑う。

最後は、涙がシュバーッと、ほとばしるように出た。すんごく気持ちのいい涙が。出てすぐ乾いた。
素晴らしい読後感だった! 箱根を走りきった感じがしたよー!
そして、読み終わって、ひと呼吸、余韻に浸ると、
またソッコーで冒頭に戻って読み始める。
結局、この日、通しで2回読んだ。。。。燃えた、、、燃え尽きたよ。。。
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by emit9024 | 2009-06-14 22:03

30歳の夏、間近

●火曜日
夜ごはんには焼そばを作る。
フライパンに鷹の爪とにんにくペースト少量を弱火で熱し、
香りが出てきたら豚ひき肉・玉ねぎ・キャベツを炒める。
その間に、中華麺の袋中央をあけて少しの水を入れ、レンジで40秒ほどチン。
具には中華だしと塩コショウで味つけをして、麺を加え、水を入れて蓋をして2分半ほど蒸し焼きに。
その後ぐるぐると混ぜながら炒め合わせ、ナンプラーをくるっと回しかけて出来上がり。
以上、書くほどのことなんて全くない、焼そばの作り方でしたー。

夫からは「軽く飲んでくる」とメールがあり、その場合の常として、
ろくに食べ物を摂取してこないとわかっていたので、2人分作っておいた。
案の定、「おなかすいたー」と帰ってくる陽気なほろ酔い男。
フライパンに入れたままにしといた残りのひとり分には、ごま油をまわしかけて再加熱。
ぺろっと平らげておった。飲んだあとの麺は美味しいよね。

●水曜日
ボーナス支給日。
全国的な景気の悪化により、経営陣も悪びれず(?)削減に踏みきったようだ。
だってだって3月決算には、前年度と同額の賞与引当金を繰り入れてたやーん!
余った引当金はどうすんだよー!
と、思わぬ展開に泣きべそをかくも、「貸倒引当金の原資にするらしいよ」と上司、あっさり。
くそーーー。

まあね。確かにこのご時勢、ボーナスが出るだけ有難いと思わねばならん、というのは分かる。
というわけで、一般従業員は全員1割のカットであることが通達された。
・・・・って、え?
課長以上の管理職のカット率は? 
というか、そもそも、役員報酬は? 減額しないの?
良心ある経営なら、普通、上から削るよね?
なんで上のほうに関しては非公開? 怪しいぞ!

そんなこんなで、先日書いた、「ボーナスで自分にごほうび」計画は頓挫。
だってポメラの価格よりも断然、減額になったもん・・・。

とはいえ、
「ボーナス入ったし、今夜は、若手でパーッと飲みに行くぞ!」と、同期男子から号令がかかる。
日本社会よろしく少子高齢化、人口逆ピラミッド現象、草食男子の増加が続く当社において、
営業実績も人望も抜群の彼、あっさりと10数人を集めてみせた。
しかし各人の経済状況を鑑みてか、非常にリーズナブルな居酒屋に落ち着く。ふっ。

人数は多かったが、酒が入るに従い、みんな適当に席移動を繰り返して、
それなりにまんべんなく絡み合う、なかなか楽しい飲み会だった。
同期男子が2年目、3年目といった若者相手に、
仕事論なんか語るのにチャチャを入れるのも面白かった。
30歳の我々は、この夜の年長者。
10人いた同期入社組だったが、今は3人きりだ(現状の男女比率=2:1)。
残った3人は、こういっちゃなんだけど、うちの社内ではけっこう活躍してると思う。
や、慢性的に若者不足なので、酷使されてるだけというべきか・・・。

ともかく、それなりの年季を積んできた同期が、年齢なりの頼もしさを備えてる様子を、
業務中ではなく、こういう飲み会の中で見るのは愉快だったし、
若手だけで社史や社内の人物評、業界や当社の将来像なんかについて
酒の勢いで話し倒したりなんかするのも、けっこう珍しくて新鮮だった。
ま、本当の若手(3年目くらいまで)の若者は、私たちすら年とりすぎてて、
こんな話も「つきあい」的、うっとうしいなーとか思ってるかもしんないけどさー。

大学を卒業して9年目。周りの同級生たち見ても、いろんな人がいる。
転職とか、資格をとってキャリアアップとかもある。
ほんとに好きな道を見つけて、途中から再スタートしてる子とか。
女子は、家庭に入って子育て真っ最中で奮戦してる子もけっこういる。
私はこの会社でずっと働いてきて、若手の年長組(?)になった。
人生ってほんと、いろいろだ。

さて夫、彼も(東京の会社に出向していた2年間はありつつ)ひとつの会社の10年選手だが、
ボーナスをもらって会社の面々と飲んで帰ってきた。
彼の会社は前年並みの支給。いいよねーっ、よっ殿様商売!(←ねたみ・そねみ・エミ)
や、いいぞ、その調子で、我が家の安定収入源となってくれ。

●木曜日
前日に続いて夫は飲み会。なんか良くわからんが、彼の慰労会らしい。
とはいえ部長主催、平均年齢50代ということで、
「なんか気がすすまん・・・」と、朝のエレベーターでこぼしながら出て行った。

なので私は帰宅後、走る。
10.3キロ、59分。
最初は体が変に重かったのだが、途中から調子が出てくる。
全身の筋肉と心肺機能とが一致団結して、ピントがぴったり合って、
あたかも風に乗って走っているような心地になってくる、あの感触。。。
だから走るのは楽しい。
ゆううつな仕事やなんかのアレコレが、汗と一緒にふきとんでいくような気がする。
なんて、さもいっぱしのランナーのように書いてるが、せいぜい、キロ5分50秒。
客観的に見ると、全然トロトロ走りに見えてるかもだが・・・
走るのはあくまで個人的行為だから、いいのだ。

帰宅後、とんねるずの番組で「食わず嫌い王」見る。
ゲストは、松山ケンイチさんと麻生久美子さん。
とっかえひっかえ出てくるスターたちのちょっとした素顔を見るのが好きで、
このコーナー、在宅時はけっこうよく見ているのだが、
この夜は、ことさらに萌えたー! 

公開中?の映画で共演しているこのふたり、
オフに麻生さんのダンナさんなんかも交えて韓国旅行とかもしたらしい。
ほんとに仲が良さそうで、自然なタメ口でしゃべり合ってて、すごくきゅんきゅんした。
もちろん、麻生さんは新婚さんだし、セクシーぽい関係には見えないんだよ。
ただ、なんか、女子のほうが少し年上で、だけど彼女は天然風味で、
男子のほうも媚びたりはしてないんだけども彼女をきれいなお姉さん的に慕ってる、
て感じがすごくすごくきゅんときたー。いいなあ、なんか、ああいう関係。

基本的に映画俳優としてキャリアを積んでる彼らは、テレビ的な芸能人然としてない。
まあ彼らの性格や、事務所の売り方によるところも大なんだろうけど、
食べっぷりもトークも、すごく、自然のままって感じ。
全然、飾ったところがない。

いかにも「スター!」みたいなオーラをまとってる役者さんもステキだったりするし、
バラエティで常に素顔をさらしてるようなタレントさんも面白いんだけど、
映画で見たら相当なオーラがあって、若手では本格派といわれる実力をもちながら、
ちょっとしたシャイさや屈折を悪びれず漂わせつつも、
芸能界には染まってないぞ、て感じが、ぐっとくる。
私と同じ年の麻生さんは、20歳でのデビューした「カンゾー先生」の頃から好きだったし、
松ケンさんはちゃんと演技を見たことはないんだけど、あの雰囲気、いいよなあ。

帰ってきた夫と一緒に『BOSS』も見た。
生瀬勝久がさすがのキャリアな演技を見せてくれて、ふたりして絶賛。
あと、玉鉄さんはやっぱり、このぐらいクールな存在感でいるほうが、映えるね。
必死になった演技は、まだまだ見てるほうが恥ずかしくなるわけで・・・。
このドラマもあと2話で終わりかー。時が経つのは早いわ。
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by emit9024 | 2009-06-12 21:26

走ることについて語るときに僕の語ること

土曜の5キロ走、日曜日の10キロ走に続いて、きのう月曜日は17.8キロ走った。
いわゆるLSD(=Long Slow Distance)ってやつです。
こういう長距離を走るときの私のSlow Paceは、1キロ6分20秒程度。
ちんたらと行く道のりには、1時間52分35秒を要した。

長いよー、これは長い。
2時間ドラマとか、映画1本見るくらいの時間を、ひたすら(信号以外)立ち止まらず走るんだから。
i-podがなかったら、まず絶対無理だな。さすがに飽きる。

それでも、ここのところコンスタントに走る日々が続いていたせいか、走っている間は割と元気。
昨日の夜は風も涼やかだったので、途中の給水も必要なかったし、
10キロやそこらを走るときよりも余程ゆっくり走るので、息もきつくない。

約2週間前に16.2キロを走ったときは、終盤、あちこちに違和感があった。
途中で歩いたりすることなく、長時間にわたって全く同じペースで同じ動きを律儀に繰り返すと、
使っている筋肉やなんかが固まってくるんだろうね。
足首のまわり、太ももの前部分、膝、両脇の周りに、痛いのとも筋肉痛とも違う強張りを感じた。
(翌朝はもう何ともなかった。その程度ではある。)

ゆうべはそんなこともほとんどなかった。
やっぱり筋肉って使えば使うほど、それなりに鍛えられていくのかな。
目で見ても手で触っても、いまだ、「おーい筋肉、どこだい?!」
てな具合に貧弱な私の筋肉ですら・・・。

ほんと、人間の体って不思議だ。
私なんて、明らかにスポーツマン体型ではない。
まァもちろん、少なくとも今のところは肥満してるわけでもないけど、
お肉とお酒を愛する三十路女子的に、ポヨンとしてるところもイロイロとあるですよ(泣)
それでも、20キロ近くも走れるんだもん。
たぶん20キロまで走れるよ、今なら。
そんな可能性を感じるよ、このぽよんとした己の肉体に!

とはいえ、帰宅後の脱力感は、やはり相当なもの。
消炎目的で冷たいシャワーをひとしきり足に浴びせて、そのままお風呂に。
フルマラソンなんか走ると、胃腸にも相当負担がかかるというが、
私の場合18キロ程度でも、お風呂上がりに油っぽいものを食べようなんて気には、さらさらならない。

しかし、モノの本なんかによると、
長距離走による体内の鉄分やミネラル、塩分などの消耗はかなり激しいらしいので、
アクエリアスをがばがば飲んで、納豆ごはんと、葱・生姜・かつおぶしをたっぷり乗せた冷奴で栄養補給。
そして、満を持して発泡酒をあける。
もうその頃には、走り終わって1時間以上が経過している。
なのに、たった1缶飲むのに、30分以上かかった・・・。体がきつくて・・・。
てか、多分、飲まなけりゃ、あれほどきつい思いもしないんだろうが・・・。
走ったあとは、1本だけ、ごほうびに飲みたいのよねん。ねねねねん。
飲んだあとはヘロヘロになって、
台所の片付けも夫にまかせて、転がって本を読むことしかできなかったですよ。

ちなみに一夜明けた今朝、筋肉痛を始めとする不調は、まったく無し。
今夜もまた走ろうかな、ってぐらいだった。雨が降ってきたから思いとどまったけど。
ま、昨日で3日連続走ったわけだからね。
急に激しい運動負荷をかけると、女子の場合、生理が止まったりするらしいからね。
夢中になるのもほどほどに、てとこですね。


それにしても、こんなふうに、退屈なぐらい長い時間をひとりで走ることは、
はたから見ると「何が楽しいのよ?!」て感じなのだろうが、
なんでこんなことしてるかっていうと、やっぱり楽しいからなのだ。

モノの本によると(モノの本などを読むのが好きなわたし。)、
走ることで、麻薬のような(!)働きをする、『エンドルフィン』とかいう脳ホルモンが分泌されて、
疲労感を和らげたりしてくれるんだって。
ま、そんな難しい話じゃなくても、基本的に屋内で、しかも大部分の時間を座って仕事してる私、
トコトコと走ることによって血液循環が良くなったりして、気持ちいいってのもあるんだろうね。
いわゆる、「ランナーズ・ハイ」て奴ですな。

それに、日々、走り続けることで、筋肉や心肺機能が向上していくのを感じるのもすごく面白い。
最初は連続では2キロしか走れなかった自分が、
何年か経ったら10キロを普通に走れるようになって、それに要する時間もだんだん短くなって、
今や、もっと長い距離でも楽しく走れるようになるってこと。
ランニングに関しては、「まだまだ“伸びしろ”がある」って単純に思える。
30歳を過ぎて、こんなふうに楽しめるスポーツって、いいよね。
しかも、相手を探さなくても、特別な用具や場所がなくても、ふらりとできるのがランニングだもん。
(逆に言えば、淋しがりやな人とか、勝負を楽しみたい人には不向きなんだろうが・・・)


で、前回の記事や、その前にもブログで何度か書いた、
村上春樹のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』。

これが本当に面白い本で、発売以来、何度も読んでたのに、
これまでは、

「ランニングが、村上春樹にとってどんなに楽しいか。
 春樹の作家人生にとって、いかに有益で、欠くことのできないものか。
 ランニングによって肉体を向上させることが、彼の小説家としての能力をいかに支えてきたか。」

という視点に重きをおいて読んできたように思う。
もちろん、その読み方も間違ってないとは思うんだけど。

しかし先週末に久しぶりに読み返した私が、このエッセイから感じたのは、

「肉体の『老い』とどう向き合い、受け容れていくか。」

ということだった。

もしかしたら・・・じゃなくても、炯眼の読者なら、
あるいは、これを書いたころの春樹さん(50代後半)と年の近い人が読んだら、
始めから感じたことなのかもしれない。


春樹のライフワークともいえる「走ること」を通して、
彼が初めて「自分の人生」たるところを、真摯に正直に著したのが、この本だ。

でもその中では、
「走るのって、こんなに素晴らしいんですよー、健康にもいいですよー、レッツラン! エブリバディ!」
なんてことは一つも書いてない。

春樹は(この本を書いた時点で)23年間も走り続け、その間、毎年、最低ひとつのフルマラソンレースを、
その調整のためにハーフマラソンや10キロレースなんかもたくさん走ってきた。
フルマラソンを自分の目指すタイムで走りきるために、1ヶ月に300キロ以上(!)走って練習しているらしい。
仕事と家庭(育児とかしてないけど、いちおね)をもっている私なんて、
1ヶ月に100キロも走ったら上出来だと思ってるのに。
春樹は、明らかに、市民ランナーレベルでは、かなりの“シリアス・ランナー”だ。

しかし、この著作の中で、そういう「ハードに走る自分」を自慢してるふうな印象も、まったくない。
それは、日本を代表する作家としての春樹が、
羞恥心や自意識というものを、巧みな文章で覆い隠しているからだと何となく思ってた。

でも違った。

「こんなにも走り続けて、走ることによって自分を支えてきた村上春樹が、
 いかにして、走ることに挫折してきたか?」
というのが、この本の主眼だった。

確かに、走ることは長い間、彼の作家人生を支えてきたこと、
肉体を磨き続けることによって、作家として人間としての精神を磨いてきた、
ということも、丁寧に誠実に書かれている。

しかし、どんなに地道で緻密なトレーニングをしても、フルマラソンのタイムが上がらなくなって、
ウルトラマラソン(12時間で100キロを走るという過酷なレース)や、
トライアスロン(当然、水泳と自転車を含む)、スカッシュなどをやってみたこと、
その挑戦や、その過程における苦しみについて、この本では多くの言が割かれている。

『どちらにしても、肉体はいずれ衰え、滅びていく』
こんな言葉が、作中には何度もフレーズを変えて繰り返される。

若い頃、「45歳で『サティスファクション』を歌うなんてありえない」
と豪語していたミック・ジャガーが、60歳を過ぎた今でもその歌を歌っていること。

若い頃、同じコースで練習していたオリンピックのマラソン代表候補選手が、
代表選考を待つ前に、交通事故であっけなく亡くなってしまったこと。

50歳を過ぎた春樹のランニング練習を軽く追い越していく、
輝かしい将来を背負ったハーバード大学の陸上部の女子新入生たち。

海での泳ぎには子どもの頃から慣れていたのに、トライアスロンのレースに臨んで、
パニックによる過呼吸を起こして棄権してしまったこと。

さまざまなエピソードを通じて、彼は自分が拠り所にしてきた「肉体を磨く」世界における、
「挫折感」を表現している。

けれど、彼はいつしかそれを受け容れていく。
「肉体はいずれ衰え、滅びていく。
 そのときには精神もろとも、自分という存在は、消えうせていくのだろう。
 それはそれで、仕方のないことなのだ。」
というように。

それでも、春樹はまた、真剣に走ることを始める。
「健康で長生きするために走るんじゃない。
 いつか終わる人生ならば、それが存在している間、できるだけ有意義に過ごしたいからだ。」
というようなこと(せっかくの名文を勝手に要約してすみません・・・)を、彼は書いている。

そして、トライアスロンのバイクには、
冗談めかして「18 years 'til die」(死ぬまで18歳)というフレーズのシールを貼り、
「自分の墓碑銘には、『少なくとも、最後まで歩かなかった』と刻んでほしい」
という最終章で締めくくっている。

そこに至って、読者たる私たちは、起伏に富んできた彼の人生が、
新たな側面を迎えても、静かに、しかし希望をもってこれからも続いていくんだ、
ということを、そこはかとなく感じて、
何かしら励まされたり、温かな、幸福な気持ちになって本を閉じるのである。


この本の再読了後、春樹が2000年シドニーオリンピックを取材して書いた『シドニー!』を、
これまたいったい何度目だ!?という再読している。
この本では、彼自身について書かれた前述のエッセイ本よりも、
さらに明白に、「挫折」について書かれている。

輝かしいオリンピック、幾多のメダリストを称えながらも、
このオリンピックに出場できなかった有森裕子や、あえなく途中棄権した犬伏孝行を中心に据え、
「とりあえずの勝負に敗れた人々」について思いを馳せて、
その人生の再生に寄り添おうとしているように読める。

『もちろん僕は勝利を愛する、勝利を評価する。
 でもそれ以上に、深みというものを愛し、評価する。
 あるときには人は勝つ。あるときには人は負ける。
 でもそのあとにも、人は延々と生き続けていかなくてはならないのだ。』

そこには希望があり、
エルサレム賞の受賞スピーチで、「常に卵の側に立つ」と言った春樹の精神を感じる。
それは自らの肉体をとおして獲得した彼の真実なんだろうな、
と私は思う。

アイモカワラズ発泡酒飲みながら(そして途中、飲み会帰りの夫を迎えて)のグダグダ文でした。


役に立つのかわからんけど、酔っぱらいながら、自分のブログを参考エントリに引いておきます
moonshine---the other sideより
2007年11月15日『フルマラソンのように続く』

2009年1月31日『村上春樹なる存在』

2009年2月16日『春樹、エルサレムで講演す』

2009年2月18日『エルサレム賞授賞式の春樹についてもう1件』

こんなに言及しておきながらも、空前の勢いで売れてる『1Q84』を読む予定はない私だ・・・。
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by emit9024 | 2009-06-09 22:41