あの人のこと

社会人になってから、積読本というのをもつようになった。
じっくり本屋さんで時を過ごせるのはがんばっても週に一度しかない。そのときに、目ぼしい本を何冊かまとめて買って、しかるべきときにおもむろに読み始めるのである。「家に帰ればあの本とあの本があるんだワ」という未知の楽しみは、なかなかよいものです。

2週間ほど前に、そのようにして5冊ほどの文庫本を買い、その中の1冊が鷺沢萠(さぎさわ めぐむ)の『私の話』だった。

彼女の本を初めて読んだとき、私は20歳だった。
大学生という身分で仕送りもないのにひとり暮らし、という無謀な生活を維持するため、必然的にバイトに明け暮れ、すっかり学業がおろそかになって、「なんでこんなことしてるんだろアタシ・・・」みたいな閉塞感が、常に身につきまとっていた頃だった。

彼女は裕福な家の4人姉妹の末っ子として生まれ育ち、しかし高校生の頃に父の会社が倒産して経済的な辛苦を味わい、アルバイトをしながら上智大学に入って18歳で作家としてデビューした。その処女作『川べりの道』は、みずみずしい感性ながらも、「こんなにさみしく、哀しく、そしてたくましい小説を、10代の少女が書くのか」と驚嘆せずにはいられないほど、抑えた筆致で描かれたものだった。

人間の弱さ、哀しさを見据え、それでも生きるって捨てたもんじゃないよね、という逆説の諦念みたいなものが底に流れている作品たちがとても好きだった。思えば、宮本輝といい、藤沢周平といい、あのころはそういう小説ばかりを好んで読んでいた。大学生にしては渋い読書である。実際、だいぶ屈折していたんだなあ、と、まっとうな社会人になった今は客観的に思う。

彼女の著作は10冊以上もっている。そのどれもを、何度も何度も読み返してきたけれど、ここ3年ほどの間は、どうしても開けなかった。

鷺沢萠は、2004年の4月に、自殺したのである。
35歳だった。ひとり暮らしの家で、かわいがっていた犬を残し、首を吊った。遺書はなかった。

彼女は長いことうつ病を患っていた。ブログが隆盛する以前から毎日ホームページで書かれていたセキララな日記を読んでいたのに、そのことを知ったのは彼女が死んでからだった。
そうと知ってみれば、自虐ネタのように不眠だとかお風呂に入るのも面倒だとかいうことを、ときどき面白おかしく書かれていた彼女の日記にも合点がいった。死の前日まで、いつもどおりに磊落な日記はHPで公開されていた。うつの発作としてもっとも重いものに、「死にたい」という願望にとらわれることがあるという。日本は世界でも自殺者のもっとも多い国のひとつだが、その大多数が、うつを患った人であるらしい。おそらく彼女も、その発作に勝てなかったのだろう。

自分を励ましてくれたものを書き続けた人がそういう最期を遂げたのは、「好きな作家が死んだ」という端的な言葉ではあらわせないくらいにショックだった。彼女の書く文章は、弱い者に対する優しさと、同情を拒む生きる強さにあふれていたのだ。それでも彼女は死んでしまった。

陳腐な言い方だけど、「希望を打ち砕かれた」気がした。自ら死を選んだ彼女を、弱いとかバカだとかいって責めるつもりはない。遺された作品は、彼女が不器用で遠回りしがちだが心優しく、書く才能にあふれ、生きる強さをしぶとく追求する人だったことを証明している。

誰もがそうであるように、弱さと強さ、ポジティブとネガティブをいったりきたりしながら毎日を生きてきた人だったろうに、それでも、こうしてプツンと糸が切れるように、ぽっかりあいた穴にうっかり落ちてしまうように、哀しい結末を迎えてしまった。こんなこともあるんだ。それが、25歳の私には恐ろしかった。強く生きようとする意志に限界があるということを思い知らされるようだった。

それからは、あれほど何度も読み返していた彼女の本を、全然読めなかったのだ。

2週間前に、「もうだいじょうぶかな。」と思って買った、彼女の本を、今日、読んだ。
3つの章から成るエッセイである。34歳にして自叙伝のようなものを刊行した彼女の人生は、やはり波乱に満ちたものだったと思わざるを得ない。おかれた環境が鋭敏な感受性をつくり、その感受性がまた、彼女の人生を生き易くないものにした。

「思ったり感じたりしたものの勝ちだ。」
『愛してる』という彼女の著作の冒頭に書かれた言葉。
人一倍、思ったり感じたりし続けた彼女の一生が短すぎたことはあまりに悲しい。

それでももう、怖くはないな、と、今日、思った。

鷺沢さんの作品やそのメッセージが今でも好きで、愛おしい。彼女の最期にかかわらず、それは希望にみちたもので、これからもそれを大事にしていくだろう。
素直にそう思えるようになったって、私も大人になったのかなあと思った。

そのときどきで、つまづいたり悩んだりすることがある。これからもきっとある。もっと大きな悲しみにも多分出会う。生きてる限り。
でも、乗り越えられると信じられる気がする。
そういう自分をつくってくれた、これまでに出会ったたくさんの人の一人が、鷺沢萠だ。
これからまた、彼女の作品をひとつひとつ、読み返していこう。
希望をもって。

・・・・・と思って、今夜、衝動的に、まだ入手していなかった彼女の作品を6冊ほど、ネットで購入してみた。
5,000円くらいになった。
む、無駄遣いじゃないよね・・・・。うん。

って、これを正当化するために、長々と書いたわけでは、断じてないのですー。
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by emit9024 | 2007-12-13 23:23


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