がんばれ、かねたん!


8時過ぎ起床、夫と大濠公園へ。

ゆうべ6,000発の花火を打ち上げた大池の中島は、まだ業者さんが清掃作業中で一般市民は立ち入り禁止。池の周回、ジョギングコースや散策路も、どことなく雑然としており、ところどころにゴミなど落ちている。

それでも、ジョギングやウォーキングをする人たち、部活動の練習と思われる学生や、犬の散歩や子どもを遊ばせる人々などで賑わっているのはいつもどおり。週末の朝の公園風景のすがすがしさは、寝坊大王の私をして吸い寄せしめる魅力があるものです。

・500mウォーク
・1kmラン (5分53秒)
・500mウォーク
・1kmラン (6分10秒)
・500mウォーク

と、ここまでは夫と一緒に行って、クールダウンする彼と別れ、もう1周とちょっと、ひとりで走る。

2.5km、12分38秒。

私にとってはすごくがんばってるキロ5分という速さ。普段、もっと10キロ前後を走るときはキロ5分45秒~6分なので、キロ5分だとかなりびゅんびゅん飛ばしているという体感だ。


昼ごはんは納豆パスタ。納豆を加熱するのを頑なに拒む夫は、ざる蕎麦を食べていた。早起きの仇を討つかのように根をつめて(?)昼寝して、夕方、思いたって窓拭きをする。濡れた雑巾→くしゃくしゃに丸めた新聞紙で仕上げ。思ったよりは汚れてなかった印象。9階だからか?


今日の日経新聞に広告が出ていたのもあって、小林よしのりの『天皇論』を買おうかどうか再び迷うが、本屋で手にとってみると(2度目)、やはり私にとってはとりたてて新鮮味のある内容でもなさそうなので、戻す。しかし、天皇の激務や、憲法に対する忠勤ぶり、平和への心からの祈り(祈りという言葉の静かなニュアンスとはあまりにもかけ離れた祈りの行動っぷり!)などを、あますところなく書き尽くしているこの本は、まさに小林よしのりの渾身の一作。

どうなんだろう、売れてるのかな? かつての『戦争論』と同じぐらいの影響力が出てるのだろうか。絵も文もびっしり書き込まれた紙面、メッセージ性の強すぎる彼の作風には、ちょっと見ただけで引いたり、嫌悪感を抱く人も多いだろうし、逆にまっさらな状態で彼の本を読んで、ある種の洗脳状態に陥る人もいるだろう。諸刃の剣のような鋭さ、怪しい魔力はあるので取り扱いに注意が必要な点もあるが、彼の本は「この世界のことを考える」入門書としてはとても優れていると思うので、ぜひ売れてもらって、いろんな波紋を投げかけてほしいものだと思う。それにしても小林の似顔絵はほんとに驚くほど似てるよねえ。

そのほか、『新 忘れられた日本人』と題された単行本が新刊コーナーに並んでおり、宮本常一が1960年に発表した『忘れられた日本人』にひどく感銘を受けた私としては、ちょっとその題ってズルくないかー?と思いながら手に取った。目次を見た限り、特に今すぐ読みたいような気にはならなかったが、序章に宮本常一論のようなものがあってそれは面白かった。佐野眞一って名前だけはよく聞いてたけど、帰ってから調べたら、『旅する巨人─宮本常一と渋沢敬三』という評論(?)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞してるらしい。いつかそっちのほうを読んでみたいものだ。

買ったのは、新潮文庫から出ている『白洲正子自伝』。8月にやっと放送される予定だったNHK制作ドラマ「白洲次郎」の第3話(最終回)は、きのう公式HPを見ると、衆議院選挙関係でNHKの番組編成が大幅に変更されたらしく、9月下旬の放送にまたも延期されてた。えーん。


夜ごはんは、
・いわしの塩焼き
・ポテトコロッケ
・冷やしトマト
・大根おろし
・オクラのかつおぶし和え

今夜はすべて夫の制作。いやー、彼のコロッケ、相変わらず絶品ですう。


『天地人』第31話 「愛の花戦(はないくさ)」

背筋がゾゾっとするようなお寒いサブタイトルだが、中身はそれほど悪くなし。というか、ここんとこ、以前より面白くなってきてるような・・・。脚本補佐が効いてるのか、私がこのドラマの世界に慣れたのか? でも、各人が背負うものを鮮明になり、説得力のあるキャラクターが確立されてきたのは確かだと思う。

豊臣政権の磐石のためなら手段を選ばず、そこに一片の迷いもない三成。小栗旬の演技はキレがあって心地よい。

嫡子をもうけることなく夫と離れて上洛した菊姫の孤独と気の強さ。秀吉の唯一の子をなした喜びも、たった3歳でその子を失った悲しみも無邪気にあらわす淀殿。このふたりのシーンはなかなか良い。比嘉愛未は声やせりふまわしが時代劇らしいし、かつらも似合ってる。深田恭子は、半ばアテ書きなんだろうけど今回の淀殿像にぴったりな華やかさで、「花には花の役目があってのう」というせりふなど、出色。

秀吉の愛情も、奥方連中の注目も淀殿に移りつつあるのを感じながらも、あくまで全方面に対して賢夫人たろうとする北政所。太閤たる秀吉に、ただひとり「おまえさま」と呼びかける権利のある正室の矜持をもって、朝鮮へ渡るならお連れください、と頼むが、秀吉は頭の上がらない正室にやや窮しながらも、「淀を連れて行くことになっておる」と言う。「心配するな」とかつてのように磊落に言うが、天下人も破滅の老境へと向かっていることを感じさせる笹野高史の微妙な演技、それを悟り、また己の立場の揺らぎや豊臣家の未来を案じるかのような富司純子の受けの演技、この辺はさすがに圧巻。

松方弘樹の、腹に一物もニ物もある老獪な家康、やや過剰な演技だが、このドラマの軽い作風に大河らしい重みを与えているし、今週からヒゲをたくわえた北村一輝の景勝は、最近やっと!まともなセリフを与えられており、越後の殿様らしく見える。この人はもともと相当な演技巧者なんだから、これまでの木偶の坊みたいな人物像があまりに役者の無駄遣いだったというものだ(怒)。

こうやって脇が固まっていくにしたがって、主人公夫婦にまったく魅力を感じなくなっているのは皮肉なもの。主人公だからといってきれいごとばかりを言わせ、清濁の濁部分を背負うことからいっさい遠ざけた人物像に感情移入できるはずがないのだ。菊姫の上洛にも秀吉の朝鮮出兵にも、何の手も打つことの出来ない兼続。いる意味、あんのか? 先週のお船の、夫婦仲に悩む菊姫に向かっての「うちの夫は頼りになるからダイジョーブ」発言に続いて、今週は兼続が、いまだに子に恵まれない主君に向かって、「子どもの顔を見たいから早く帰れるようにがんばります!」発言だし・・・。つまぶきくんがかっこよく見えるように、制作陣、なんとか修正して!!
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by emit9024 | 2009-08-02 22:24


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