エキサイティング法要

今日は夫の実家にて、父方の祖父の十三回忌である。

先週金曜日に続くすさまじい豪雨の中、朝9時に出発。約1時間の車内では音楽を聴く気すら起こらず、ラジオでこの大雨の情報に耳を傾ける。福岡市内、城南区や中央区、博多区にまで、次々に避難勧告が出されている。樋井川や那珂川が危険水位を超えているらしい。

私たちが向かう篠栗は、先日の雨で県内でもトップクラス(という表現はおかしいが・・・)の雨量を観測し、悲しいことに行方不明になっている人も出ている。雨が降りやまないため、捜索もできない状況だ。実家に近づくにつれ、片側通行に規制されている道路もあった。天井を叩き打つ雨音、左右の車が跳ね上げる水しぶき。スリリングすぎる。

10時過ぎ着。実家の庭には既に何台もの車が停まっている。「うわー、みんな来とるよ、バカやねー」と夫。バカはないやろ、バカは・・・笑 しかし賢明にも(笑)参加を見合わせた飯塚の親戚などもあり。あちらも相当な雨に見舞われており、篠栗とを結ぶ八木山峠なんて多分封鎖されてるからね。

実家の敷地内には2棟の平屋が立っており、新しいほうは義父が建てた家で、夫と義妹はここで育った。今はふたりとも家を出ているので、ふだんは義父母が暮らしている。

もう1軒のほうは、義父が育った家。今日の法要のターゲット(不謹慎)の祖父は、亡くなるまでそこに住んでいた。途中、内装に手入れなどはしているものの、もう築100年にもなるという。特に豪華だったり贅沢だったりということはないけれど、障子を放つと2,30人はゆうに入れる広々とした畳敷き、それを囲むぐるりの縁側など、いかにも田舎の頑健な家屋という感じで、私は好きだ。今はそこにお仏壇があり、いつ行ってもお花や果物などが備えてある。

夫の父は長男ではなく、そればかりか末っ子なのである。その彼が長年、この家を守っているというのは不思議な気もするが、やはりどんな家にもいろいろな事情、なりゆきというのがあるのも当然で、そういう風雪(?)を淡々と乗り越え、子育てをし、両親を看取り、暮らしを営む夫の両親を、私はかなり尊敬していたりする。

末っ子に実家を任せているとはいえ、義父の兄弟仲は良好で、普段も何かと行き来はあるようだし、私たちの結婚式にもそろって来てくれた。今日も当然、夫の兄・姉3人と連れ合い、また、祖父の妹さん(88歳のおばあちゃんだけど、超元気だった!)、祖父の兄弟のお子さん(つまり義父のいとこ)など、5,6人欠席者が出たものの、総勢14人が集まった。この大雨の中、ねえ。

しかしそれはいいが、なんせこの天候だ。実家の目の前の公民館には避難してくる人たちが続々と結集しているくらいなのである。実家の電話は鳴りっぱなし。「道路がふさがってて・・・」という親戚に始まり、なんと、お経をあげにきてくれるはずの和尚さんまで来られないという。

ここで既に正式な意味での法要は断念せざるを得なかったのだが、さらなる問題は、その後の食事であった。人数が集まるというので、お寿司屋さんとお魚屋さんに鉢盛を頼んでいたものの、昼が近づくにつれて一層強まる雨足により、警察がこのあたりの道路のそこここを封鎖しており、店を出たものの道路で立ち往生しているらしい。向こうも商売だし、考えうるすべてのルートを試してくれているのが幾度もの電話のやりとりで分かるようだが、いかんせん、警察やら自衛隊やらがあらゆる道路に待ち構えているらしく、どうにもたどりつけない。

「この際、和尚さんはどうでもよかけん、寿司屋と魚屋だけには、がんばってもらわんといかんばい!」

などと、義父の姉が真顔で言うのには、「あ、あなたのお父さんの法要ですよね・・・?」と思わず確認したくなりつつも笑ってしまった。確かに、今は現世に生きる人たちのオマンマが大事だ。

このお姉さん、かなりのしっかり者で親戚一同のドン的存在、しかし自らが超働き者で、今日も疲れも見せずくるくると台所仕事などをこなす、バリバリの暮らしの実務家で超ユニーク。お義母さんも、「直方のお姉さん、お姉さん」と、ふだんから何かと頼っている様子。

しかし、そうこうしているうちにも、旧家の大きな古時計の針はてっぺん近くに。
「こうしちゃおられん! みんな、おなかペコペコで待っておらす。とりあえず素麺! あと、おにぎり!」
と、このお姉さんと義父が判断。

田舎の家らしく、いつでも有り余る食材を抱えている(お義父さん、畑で野菜も作ってますからね)この家なのだが、不運は重なるもので、こんなときに限って、素麺がない。私たち夫婦が、大量のお中元や贈答品の箱を片っ端からさらってみるが(こういう作業、面白い)、出てくるのはタオルや酒類ばかりで、素麺の箱がひとつもない!

「ちょっとお隣に行ってくるわ!」と義母。その迷いのない動きに、「さすが田舎の家だ・・・」と感嘆する私。ほどなく戻ってきた義母は、これまた笑っちゃうくらいの重量感ある素麺の箱を抱えていた。田舎、すげえ! 田舎ばんざい!

すぐさま、「給食?」てぐらいの大鍋に湯が沸かされ、義父が頭にタオルを巻いて素麺をゆがき始める。我が夫・タローも父譲りなのだろう、義父は、かなりの台所マスターなのである。その横で、ドン姉さんが素早く薬味を刻み、きゅうりとワカメの酢の物をこしらえ、めんつゆを作っている(ちゃんとかつおだしをとっていた!) 私とお義母さんは、おにぎり作りと食器の準備。あんなに大量に握ったのは久しぶりだった・・・。手がひりひりした。

とりあえずそんなもので、お客さんの腹をみたしてもらい、「さあ、もう帰ろうか。・・・つっても、この雨じゃ、帰るに帰れないのよね・・・」なんて空気になったころ、魚屋から電話が。敵もさるもの、車がダメならってことで、なんと男衆5人がかりで、歩いてもってきているらしい。さっそく、義父の男兄弟3人が立ち上がり、途中まで受け渡しに出て行く。と同時に、魚屋が来れるなら寿司屋だって来れるはず、とお義父さんがハッパをかけ、寿司屋も出動させている。

ぬるいドラマなんてメじゃないほどの息もつかせぬ展開の数々、それに巻き込まれて慌しく対応している自分が、申し訳ないけどかなり面白くてねえ。

「こげなこともあるったいねえ! 
 でも、天災やけん、誰を恨む筋合いのことでもないわけやし、よかやんね。 
 人生、何事も経験! なんとかすれば、なるもんたい!」

と勇ましい気勢をあげながら驚異の働きを見せるドン姉さんが、超かっこよかった・・・。

けっこう労働したので、驚くほど豪華な寿司と刺身の数々にありついたときは、かなり充実感に浸ってしまった。正直、お坊さんのお経やお説教を聞くより、親戚一同の結束を確認しあえたのではなかろーか。

「ったく、あのジイさん、生きとうときも大概の『山川モン』やったけど、十三回忌までも、こんなにみんなを振り回すんやけん、たいしたもんくさね!」

箸をつつきながら、ジイさんの子らが笑顔でぶつくさ言っていた。『山といえば川という』みたいなヘソマガリで有名なおじいさんだったようです。

いかんせん、いったんはあきらめて大量の素麺やおにぎりを出していたのと、欠席者が出たことで、頼んだ仕出しものはだいぶ余ってしまったのだが、そこは抜かりのない義父母、ちゃんとお持ち帰り用の箱を準備しており、折り詰めにする。取り皿や醤油の小皿、コップといった大量の食器や、ごみの処理も、主にドン姉さんの指示により、総出でてきぱきとなされる。ほんと、驚嘆すべきは、この家系、男たちが実によく働く。ドン姉さんのダンナさんも、妻が洗った皿を拭きあげるという作業を粛々と行っており、その下働きっぷりに、私、最初はこの人も、姉さんの弟かと思っていたほどだった。

最後には、義父母が用意した立派な引き出物(篠栗産の梅干や味噌、お漬物といった名産品の詰め合わせ)を手に、みなさん笑顔で引き上げていった。まさに記憶に残る法要といえよう。しかし、義父母は相当疲れただろうなあ。明日から寝込むんじゃなかろうか・・・・。

などと心配しつつ、無事に帰宅しましたよ~という電話を入れると、「あのね、公民館に避難してる人たちがまだいるからね、あまりものだけど今日のお刺身とか、いろいろ差し入れしてきたとよ。」などと言う。田舎の暮らしって、実は全然のどかなんかじゃなく、かなりパワフルなものなんだと思い知らされるのであった。
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by emit9024 | 2009-07-26 22:24


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